判例データベース
元従業員ほかセクハラ行為事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 元従業員ほかセクハラ行為事件
- 事件番号
- 岐阜地裁大垣支部 − 平成27年(ネ)第812号
- 当事者
- 控訴人 個人1人
被控訴人 個人1人、会社3社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年07月20日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- X(控訴人)は、2008(平成20)年11月頃、プラスチックパッケージ基板等の製造及び販売等を事業内容とするY4社(I株式会社-控訴人)の子会社であるY3社(株式会社Iキャリア・テクノ)の契約社員として採用され、Y4社の事業場にある工場(以下、「本件工場」とする。)で壁面用ボードの研磨加工等の作業等(以下、「本件ライン」とする。)に従事していた労働者である。Y1(個人-被控訴人)は、同じくY4社の子会社であったY2社(I株式会社-被控訴人、一審被告I建装の吸収合併元。以下、Y1~Y4を合わせて「Y1ら」とする。)の正社員であり、2009(平成21)年から2010(平成22)年当時、E本部E管理部E管理課の課長であった。
Y1、Xらは、本件工場内の休憩室において雑談をするグループメンバーであった。XとY1は2009年9月頃までにメールアドレスを交換し、職場外でも親しくなった。
Xはこの頃、当時中学生の長女がトラブルを起こして示談金12万円を支払う必要が生じるなかY1から12万円を借り入れた(以下、「本件借入金」とする。)。
2009年9月以降、Y1はXに異性としての関心を示すようになり、Xとキスをする関係となった。XとY1は、同年11月頃から同年12月頃にかけてY1の自動車でドライブに出掛けたり、2010年1月頃には電車で初詣に出掛けたりするなどしており、自動車内やホテル等で性交渉をしたことがあった。
XとY1は、その後は就業後や週末、本件借入金を1万円ずつ返済する際に2人だけで一緒にお茶を飲むことはあったが、ドライブなどの遠出をすることはなく、性交渉もしなかった。しかし、Y1はこの頃、本件工場内のXの勤務する部署に来て仕事中に「次、いつ会える?」などと話しかけることがあり、Xはその度に困惑していた。
こうしたなか、Xは遅くとも2010年3月頃までにはXの同僚で本件工場内のY3社の部署に勤務するDに対し、Y1から付きまとわれている旨相談するようになった。他方、XはY1に対し本件借入金を完済できるまでは、同人との関係をはっきり断ることができないものと我慢していた。
Xは2010年7月末頃、本件工場内においてY1に対し、「貸して頂いていたお金3万円お返しします」「今まで色々ありがとうございました」などを記載した手紙とともに、本件借入金の残額全額の返済として3万円を手渡した。しかし、Y1は突然別れる理由が分からないなどとして、同年8月中には本件工場内に頻繁にやってきて仕事中のXに話しかけ、近くに居座るようになり、同月7日頃にはXの自宅を直接訪ねて大声を挙げ、対応した長女から「母が怖がっています」「母に近づかないでください」などと言われてその場から退散したこともあった。
Xは、2010年9月上旬頃、上司であるG係長に対し、Y1が就業中に接近して話しかけたり居座ったりして仕事に支障があるから止めてもらうようにいってほしい旨相談し、G係長はこれに応じる旨返答したものの、朝礼で「ストーカーをしているやつがいるようだが、やめるように」などの発言をするにとどまった。そこでXは、同月22日頃、Dに頼んで上記の件についてG係長に問い合わせてもらうことにし、Dがこれに応じてG係長に電話を掛けるも、口論の末G係長が電話を切ってしまった。XはY1の件に関し、同年10月4日頃にG係長と、同月12日頃にはF課長とも相談したが、まともに取り合ってもらえなかったことから、同日Y3社を自主退職した。他の派遣会社に登録し、同月18日以降、たまたま派遣されたY4社の事業場内の部署に勤務するようになった。Y1は、Xの上記退職後も同月下旬頃まで、Xの自宅付近に自動車を何度も停車させるなどし、これに対しXは同月27日、岐阜県警察大垣警察署H交番で警官に相談するなどした。
Dは、Xより、Y1の自動車がXの自宅付近で見かける旨を聞き、2011(平成23)年10月13日、Y4社のコンプライアンス相談窓口に電話で連絡し、応対した担当者に対し、Y1がXの自宅近くに来ているようなので、従業員によるストーカー行為として会社で対応してほしい旨申し入れ、X及びY1の双方への事実確認及び対応を求めた。しかし、Y4社はDの訴えにつき一応の調査は行ったものの、DからXの被害について相談を受けたこともなくDの言うようなXの被害は存在しない旨のG課長(係長から昇進)の報告を鵜呑みにし、それ以上は調査しないまま、Dが主張するセクハラ行為の存在は一切確認できなかったとして、2011年11月28日、その旨をDに伝えた。
XはこれらY1の付きまとい等の行為(以下、「本件セクハラ行為」とする。)により、何度も作業を中断させられ、身体的に不調を来すまでの精神的苦痛や不快感を被ったことから、Yらに対し不法行為に基づく損害賠償を請求して提訴した。第一審判決は、Y1による本件セクハラ行為の有無を検討したが、これをことごとく否定し、Xの請求をすべて棄却した。これに対し、Xは、(1)Y1に対しては不法行為に基づく、(2)Y2社に対しては、Y1の不法行為にかかる使用者責任に基づく、(3)Y3に対しては、雇用契約上の安全配慮義務違反又は男女雇用機会均等法11条1項所定の措置義務違反を内容とする債務不履行に基づく、(4)Y4社に対しては、安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく損害賠償を求め、控訴した。 - 主文
- 1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して220万円及びこれに対する平成26年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを3分し、その2を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決の主文第1項(1)は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)Y1の不法行為の成否について。Y1らは、XとY1が2009年9月頃から2010年7月まで親密な交際関係にあったが、同月になって突然XがY1に別れを告げたため、その理由を問うなどが複数回あったのみであり、Y1によるXへの本件セクハラ行為は一切存在しない旨を主張する。しかしながら、メール記録は2009年11月10日から同年12月20日までにXがY1に送信したもののみであり、これらのみでは、その後親密な交際関係が継続していたことを認めることはできず、また、XとY1が二人で遠出したのは2010年1月までであり、その後は肉体関係もなく、一緒に食事をしたことすらないという。以上のことからすると、たとえ2010年1月頃まではXとY1の間に外形上親密な交際関係があったといえても、同年2月以降は、もはや親密なものとはいえなかったと認められる。むしろ、Y1がXに対し主観的かつ一方的に思いを抱き続け、交際関係を持ちかけ又は復活させようと働きかけていたというにすぎないところであって、Xとしては、他社とはいえ同じY4社のグループ会社に勤務する正社員の管理職であるY1と契約社員である自らとの間の仕事上明らかな上下関係、私的なグループ内でも年長者で会長と呼ばれていたY1との上下関係、また、家庭内の深刻な問題につき借金までしていることの負い目等々から、本件借入金を完済できるようになった同年7月頃まではY1からの一方的な働きかけに耐えていたにすぎないものということができる。
Xの供述の信用性につき、個別部分に矛盾があったり記憶の欠落があったりしても、全体としての信用性に影響はなく、むしろ、原審でのXの控訴人本人尋問において、Xは二次被害を招来しかねない内容の反対尋問等によく耐えて供述しており、却ってXの供述全体の信用性を高いものにしているというべきである。
主として信頼性が高いXの供述により、Y1は、遅くとも2010年8月以降、Xに対して本件セクハラ行為を行ったものであることが優に認定され、これに反するY1の供述は採用できない。したがってY1は、Xに対して本件セクハラ行為を行った者として、民法709条、710条により、Xに対し不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(2)について。Y1を雇用していたY2社は、本件セクハラ行為にかかるY1のXに対する不法行為につき、民法715条により、使用者としての損害賠償責任を負う。
(3)について。Y3社は、自ら雇用する労働者に対する雇用契約上の安全配慮義務を負担し、かつ、男女雇用機会均等法11条1項に基づき、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じるべき事業主としての措置義務を負担しているところ、Xは2010年9月上旬頃、G係長に本件セクハラ行為について訴えて対応を求め、同月22日にはDを通してG係長に同様の申出をしようとし、その後もF課長ないしG係長に対し本件セクハラ行為を訴えるなどしたにもかかわらず、F課長及びG係長はXの訴えに真摯に向き合わず、何らの事実確認も行わず、事後の行為に対する予防措置を何ら講じなかったというばかりか、このような対応によってXは最終的に退職を余儀なくされるまでに至っているから、Y3社にはXに対する安全配慮義務違反があり、かつ、Xに対し措置義務違反を内容とする債務不履行があるから、これら義務違反に基づく損害賠償責任を負う。
(4)について。Y4社は、コンプライアンスを徹底し、国際社会から信頼される会社を目指すとして社員の行動基準を定めるところ、これらのことは、Y4社が人的、物的、資本的にも一体といえるそのグループ企業に属する全従業員に対して、直接又はその各所属するグループ会社を通じてそのような対応をする義務を負担することを約束したものである。Y1のXに対する本件セクハラ行為が行われた当時、この両名がいずれもY4社のグループ会社の従業員であるなかで、Y4社は、本件セクハラ行為の事後ではあるが、これによるXの恐怖と不安が残存していたといえる時期に、DがXのためにY4社のコンプライアンス相談窓口に電話をして調査及び善処を求めたのに対し、Y4社の担当者らがこれを怠ったことによって、Xの恐怖と不安を解消させなかったことが認められる。したがってY4社につき、Y1のした不法行為に関して自ら宣明したコンプライアンスに則った解決をすることにつき、Xに対し債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。 - 適用法規・条文
- 民法709条、710条、715条。男女雇用機会均等法11条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1157号63頁
- その他特記事項
- 本件は上告受理申立がなされた。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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名古屋高裁 −平成 26年(ワ)第39号 | 棄却 | 2015年08月18日 |
岐阜地裁大垣支部 − 平成27年(ネ)第812号 | 一部認容、一部棄却 | 2016年07月20日 |