判例データベース
T社事件
- 事件の分類
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- T社事件
- 事件番号
- 東京地裁立川支部 − 平成27年(ワ)2386号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 建設業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年10月11日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- T社(被告)は、建築物の測量等を主たる業務とする株式会社であり、X(原告)は、2014(平成26)年10月14日付けで、期間の定めなく、正社員としてT社に採用された労働者である。
Xは2015(平成27)年1月15日以降、インフルエンザにより休暇を取得していたが、その休暇中の同月21日に妊娠が判明した。そこで、T社代表者A及び直属の上司と連絡を取り合ったところ、Xの現場業務の継続は難しいとの話に及び、Aが生活保障的な代替手段として、派遣会社への派遣登録を提案した(当該派遣会社もAが代表を務める)。
Xはこれを受け入れ、休暇以降は出勤することはなかった。なお、派遣先での勤務は2015年2月6日の1日間のみであった。
XがT社に対して退職届を出した事実はなかったが、2015年6月10日に、Xは、退職扱いになっている連絡をAから受けた。翌11日に、XがT社に離職票の発行を請求したところ、退職理由を「一身上の都合」とする同日付の退職証明書と離職票が送付されてきた。
これまでの間、XはAに対し、2015年1月と同年2月に社会保険加入を希望する旨を伝える等、合計3回連絡をしていたが、T社から、Xが退職扱いになっていることや、そのためにT社の下ではすでに社会保険に加入できなくなっていることについて、明確な説明はなかった。
そこでXは、退職合意の否認を主張し、労働契約上の地位確認(イ)、労働契約書記載の基本給月額20万円を基準に計算した賃金の支払い(ロ)、また、本件は実質的に妊娠を理由とした解雇であって男女雇用機会均等法9条3項、4項に違反する不法行為(ハ)であると主張し、慰謝料の支払いを求めて提訴した。 - 主文
- 1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、55万7840円及びうち10万6497円に対する平成27年8月6日から、うち15万2138円に対する平成27年9月6日から、うち15万2138円に対する平成27年10月6日から、うち14万7067円に対する平成28年1月6日から、各支払い済みまで年6パーセントの割合による各金員並びに平成28年2月5日から本判決確定の日まで毎月5日限り、15万2138円及びこれに対する各支払日の翌日から各支払い済みまで年6パーセントの割合による各金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、20万円及びこれに対する平成27年6月11日から支払い済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決の第2項及び第3項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (イ)について。T社は、妊娠が判明したXとの間に退職合意があったと主張するが、退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、男女雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。
T社が退職合意のあったと主張する2015年1月末以降、同年6月10日時点まで、T社側からは、Xから連絡のあった社会保険の加入希望について、Xの退職を前提に、T社の下では加入できない旨の明確な説明や、退職届の受理、退職証明書の発行等の、客観的、具体的な退職手続がなされていない。他方で、X側はT社に対し、継続して社会保険の加入希望を伝えており、Aから退職扱いになっている旨の説明を受けて初めて、自主退職ではないとの認識を示している。これらを考慮すると、Xは、産後の復帰可能性のない退職であると実質的に理解する契機がなかったと考えられ、また、Aに紹介された派遣会社において、その具体的労働条件について決まる前から、Xの退職合意があったとされていることから、Xには、T社に残るか退職の上、派遣登録をするかを検討するための情報がなかったという点でも、自由な意思に基づく選択があったとは言い難い。
以上によれば、労働者であるXにつき自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することについての、T社側による主張立証は尽くされておらず、これを認めることはできない。よって、Xは、T社における、労働契約上の権利を有する地位にあることが認められる。
(ロ)について。派遣先で働くという提案がAよりなされた時点では、派遣先の詳しい労働条件が不明であるものの、妊娠中の働き方を相談したうえで、上記提案を受け入れたものであり、X自身も、当分の間派遣先で働き、出産後にT社に復帰する意図を有していたと認められ、2015年1月15日以降、休職する合意があったことが認められる。さらに、当初、T社への復帰時期はXの意向にかかっていたと認められるのに対し、2015年6月10日、XがT社から退職扱いになっていることを伝えられた時点で、T社の責任で、Xの職場復帰が確定的に不可能となり、労務提供ができない状態になったと認められる。よって、同日から、民法536条2項に基づき、賃金債権が発生する。
(ハ)について。男女雇用機会均等法1条、2条の趣旨目的に照らし、仮に当該取扱いに本人の同意があったとしても、妊娠中の不利益取扱いを禁止する同法9条3項に該当する場合があるというように、同項が広く解釈されているところに鑑みると、休職という一定の合意が認められ、さらに、仮にT社側が、Xが退職に合意していたと認識していたとしても、当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを退職合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に認められない以上、T社には、少なくとも過失があり、不法行為が成立すると解される。
しかしながら、T社が、Xが派遣会社とT社の両方に籍を入れている状態だと、派遣先の選定、受け入れに支障が出る可能性があることを考慮してXを退職扱いにしたものと考えられること、Y社は、Xに対し、派遣先紹介のマージンを取らない前提であったことに照らすと、法的に合意退職が認められないとしても、Y社は、Xに一方的な不利益を課す意図はなかったと推察される。これらを考慮すると、慰謝料額は20万円と認められる。 - 適用法規・条文
- 民法536条2項、 労働基準法64条の3、男女雇用機会均等法1条、2条、9条3項、4項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1156号11頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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