判例データベース
社会福祉法人事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- 社会福祉法人事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成26年(ワ)6956号
- 当事者
- 原告 個人3名
被告 社会福祉法人 - 業種
- 医療、福祉
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2015年10月02日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却、一部却下
- 事件の概要
- Y法人(被告)は、東京都から指定管理者として指定を受け、東京都立Gセンター(以下、「本件センター」とする。)及びその他の施設を運営している社会福祉法人である。X1(原告)、X2(原告)、X3(原告。以下、原告を合わせて「Xら」とする。)は、それぞれY法人と期間の定めのない労働契約を締結し、本件センターに理学療法士ないし看護師として稼働する労働者である。
Y法人は、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、「育児・介護休業法」とする。)を踏まえて、2010(平成22)年4月1日から、育児短時間勤務制度(以下、「本件制度」とする。)を制定のうえ施行した。これを受けXらは、労働契約上の労働時間が1日8時間であったところ、本件制度を利用し、同年から1日6時間勤務を継続している。Y法人においては、Xらの基本給は本制度による短時間勤務をしている間は8分の6に減額されて支給されている。
Y法人の従業員の昇給は、東京都立Gセンター職員給与規程の定める基準に従い決定され、1年間の業績評価等に応じて昇給号数が決定しているが、Y法人は2009(平成21)年度から2012(平成24)年度まで、Xら短時間勤務をしている者の昇給決定においては、業績評価等による算出式に8分の6を乗じて昇給号俸を決定していた(このXらに対する昇給抑制を、以下、「本件昇給抑制」とする。)。
Xらはこれを受け、Y法人において本件制度を利用したことを理由として本来昇給すべき程度の昇給が行われなかったとして、Y法人に対し、本件昇給抑制がなければ適用されている号給の労働契約上の地位を有することの確認、不法行為に基づく損害賠償等の支払い等を求めて、提訴した。
本件の主な争点は、(1)本件昇給抑制の違法性の有無等、(2)Y法人のXらに対する不法行為責任の有無である。 - 主文
- 1 本件訴えのうち原告らが被告において平成26年4月1日の時点で各主張に係る号棒の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める部分をいずれも却下する。
2 被告は、原告X1に対し、19万6149円及びこれに対する平成26年4月4日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告X2に対し、27万0799円及びこれに対する平成26年4月4日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告X3に対し、24万6315円及びこれに対する平成26年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを11分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
7 この判決は、第2項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)について。育児・介護休業法の規定の文言(同法1条)や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、本法の目的及び基本理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解することができ、労働者につき、所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として解雇その他の不利益な取扱いをすることは、その不利益な取扱いをすることが同条に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存しない限り、同条に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。
この点、Y法人における定期昇給の趣旨は1年間の業績・執務能力等の評価であるところ、Xらはその評価を受けたうえで、Xら以外の職員とは別に本件昇給抑制では更に本件制度を取得したことの帰結である労働時間が短いことを理由として、一律に1日の労働時間に応じた8分の6を乗じた号俸が適用されることになる。そうすると、本件昇給抑制は、本件制度の取得を理由として、労働時間が短いことによる基本給の減給のほかに本来与えられるべき昇給の利益を不十分にしか与えないという形態により不利益取扱いをするものであって、労働者に本件制度の利用を躊躇させ、ひいては、育児・介護休業法の趣旨を実質的に失わせるおそれのある重大な同条違反の措置たる実質を持つものというべきであるから、本件昇給抑制は、同法23条の2に違反する不利益な取扱いに該当するというべきである。
ここで本件昇給抑制により形成される号俸数の効力については、強行規定である育児・介護休業法23条の2の禁止する不利益取扱いの行為は無効となるのが原則であるが、本来与えられるべき利益を与えないという不作為の形で不利益取扱いをする場合において、合わせて不十分な利益を与える部分が併存するとき、この利益を与える部分を含めて当該行為を全部無効とすれば、かえって労働者は不十分な利益すら失ってしまうことになるので、同条規定の趣旨を没却するものでない限り、その限度で不利益取扱いには当たらないと解すべきであり、本件昇給抑制に係る行為を無効とは解さない。
(2)について。Xらが主張する「本件昇給抑制がなければXらに支給されるべきであった給与」と現に支給された給与の差額は算出が可能であるものの、本件昇給抑制がなかった場合の号俸数が契約内容になっていないため賃金請求権としての請求は認められないが、不法行為責任に基づく損害賠償請求として、当該金額の支払いが認められるべきである。また、現時点において請求可能な損害額の填補を受けたとしても、本件昇給抑制により被った精神的苦痛が慰謝され回復されるものではないから、財産的損害とは別に、慰謝料の支払が認められるべきである。 - 適用法規・条文
- 育児・介護休業法23条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1138号57頁
- その他特記事項
- 本事件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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