判例データベース
航空自衛隊自衛官(セクハラ)事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 航空自衛隊自衛官(セクハラ)事件
- 事件番号
- 静岡地裁浜松支部-平成26(ワ)第490号
- 当事者
- 原告…個人、被告…個人
- 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年06月01日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- Y(被告)は、空自衛隊A基地に空曹長として勤務していた男性であり、X(原告)は、航空自衛隊A基地に非常勤隊員として採用されていた女性である。
Xは、2010(平成22)年8月頃、同僚女性から「偉い方だ。」としてYを紹介され、同月中旬頃にYはXの連絡先を聞き出した。
同年8月12日、Yは、心配なのと、人事上のことで状況をききたいなどと申し向け、Xを静岡県A市のI湖に呼び出した。当時、Xは、事実婚状態の夫BがXに対して暴言を吐き、子(長女)に暴力を振るうこと等に苦しめられ、事実婚解消に向けた協議を行っていた。Yは、Xにとって辛い話題であることを理解しながら、私生活についての質問をし、一方的に複数回Xを抱きしめた。
同年9月下旬、Xは、Bとの事実婚を解消し、長女を引き取り、現在の住居に引っ越した。なお、引っ越した理由は隣人からナイフを持って追いかけられたためである。
同年9月24日、Yは、愛知県内の無人島であるF島において神社を参拝後、突如Xに抱き着き、接吻をした。
同年10月7日、YはXと共に映画鑑賞に行った。その後、Yは、Xの自動車を走らせ、静岡県A市所在のホテルにXを連れて行った。Yはホテルの駐車場に入り、Xを降車するよう誘った。Xは「ホテルへは行きません。」、「嫌です。」等の発言をしたが、両者はホテル内に入り、客室まで行った。Yは、同ホテル客室内でXを強く抱きしめ、接吻し、強姦した。
2012(平成24)年6月半ばまでの間、Yは、Xに対し、「自分が非常勤職員採用試験の合否の審査をしている。」等、あたかもYにXの採用を左右する力があるかのように振る舞いながら、数回に渡って性交を強要した。
同年12月、Xは、現在の夫である太郎(2009〔平成21〕年8月、航空自衛隊A基地に異動し、空曹長として、教官の任に当たる。)と交際を始めた後、Xに対する不利益のみならず、Yが太郎に人事権を行使して不利益を及ぼすことを恐れるようになっていた。Yは、太郎について、あたかも自分が太郎に対しても人事権を行使したような口ぶりで話したりしていた。
Xは、2011(平成23)年夏以降、不眠、気分の抑うつ、自殺念慮等を訴え、精神科医院における本格的な治療を開始していた。Xは、2012年5月18日、適応障害であるという診断を受け、同年6月30日まで自宅療養が必要であると診断を受けた。
Xは、2013(平成25)年1月、県警の「ふれあい相談」に匿名で電話し、Yとのことについて相談したところ、まずはメールでもよいので、セクシャルハラスメント(以下、「セクハラ」とする。)をやめるよう強くYに伝えることを助言された。
同年5月29日、Xは、自衛隊内のセクハラ被害の相談窓口に電話をし、本件に関する調査が開始された。同年6月11日、Yは、上司から、Xが自衛隊内セクハラ被害の相談窓口に通報したことをきかされた。なお、その後Yは、学生隊の幹部中隊に移動したが、本件に関わる処分は受けていない。
2015(平成27)年7月27日、Xは、心的外傷後ストレス障害(以下、「PTSD」とする。)と診断された。Xの担当医師は、Yによるセクハラと症状の因果関係についてこれを肯定し、Yのことが思い出されて生活に支障が生じているとした。
Xは、Yからの多数回に渡る性的な接触、性的関係の強要による継続的なセクハラ行為により、精神的苦痛を被り、PTSDを発症するなど心身に不調を来したなどと主張し、Yに対し、不法行為に基づき、1100万円の支払いを求めて提訴した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、30万円及びこれに対する平成26年3月26日から支払済みに至るまで、年5%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを40分し、うち1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、主文1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)Yによるセクハラ行為ないし強姦の有無について
(イ)2010年8月12日にI湖でYがXに抱き着いたというXの主張については、これを裏付ける客観的な証拠はない。
(ロ)同年9月24日にF島でYがXに抱き着き、接吻したというXの主張について、Yの認識においても、当時、XとYは交際関係になかったところ、唐突に接吻することは、セクハラと言わざるを得ない。
(ハ)同年10月7日の静岡県内ホテルにおけるYのXに対する強姦に関するXの主張について、両者が性交したこと自体には争いがない。しかし、当該性交について、Yに強いられたものであるというXの主張には、これを裏付ける客観的な証拠がない。これに対し、Xは、「上司からセクハラをされて悩んでいると告白があった。仕事を口実に呼び出されていたり、あげくに家に押しかけたりされていた」との記載がある知人の陳述書を提出するが、これが本件の証拠とすべく作成された陳述書であることうかがわれることからすると、Xからは強姦被害があったとの告白はなく、漠然とセクハラがあったことの話があったという程度の内容であると理解すべきで、強姦被害の客観的証拠ということはできない。また、Xは、ホテルでの性交に先立ってYと映画鑑賞をしているが、前記の通り、F島での一方的な接吻があったことからすると、後に性交を求められるような成り行きを想定することも容易であったのにもかかわらず、なぜ映画鑑賞に行ったのか、疑問を持たざるを得ない。この点、Xは、Yが人事上の影響力を有していると誤信しており、映画鑑賞に行くことには応じざるを得なかった旨を述べるが、Xによれば、言うことをきかなければ、人事上の不利益を与える旨の明示的な脅迫がなかったというのであるから、いかに人事上の影響力を有するといっても、無理やり接吻をしてくるような者と映画鑑賞に行くとは容易に考えられない。以上により、Yに強姦されたというXの主張は採用できない。
(ニ)その後の強姦の主張について。2010年10月7日(〔ハ〕)の性交がなされた以降の強姦に関するXの主張についても、これを的確に裏付ける客観的証拠はない。2011年頃の段階でXが起床に困難を感じていたことや、遅くとも同年8月までに精神的な不調を訴えて医師の診察を受け、薬を継続的に処方されていたことなどからすると、Xが同年4月頃から精神的不調を抱いていたことは認められる。しかし、2011年当時、受診していた医師の医療記録には、強姦被害に遭ったことや、これが継続していたことに関する記載はない。仮にXから申告があれば、医療記録において触れることを看過することは考えにくく、Xは、医師には申告しなかったと考えられる。Xは、2010年6月にBが暴れ、警察に救助を求めたこと、同年9月には隣人からナイフを持って追いかけられるなど、心理的負担の重い事象にも直面しており、これらがXの上記精神的不調に影響を及ぼしていた可能性も否定できない。また、Xが同年12月にYに対しクリスマスプレゼントとして贈り物(ボールペン)をしていることも併せ考えると、Yが継続的にXを強姦していたと認定するには、なお疑問が残る。
(2)Xの損害について。不法行為としては、F島での接吻の事実が認められるところ、これによってXが診断を受けているPTSDの症状と相当因果関係があるとは認められない。もっとも、唐突な接吻により精神的に不快な思いをすることは否定できない。また、かかる行為に及ぶについては、YがXの職場において上位にあることが計算のうちにあったことは否定できないことも併せ考えると、Xの精神的苦痛を慰謝するために要する金銭は、30万円を下らないと認められる。
以上により、Xの請求は30万円の限度で理由があり、その余は理由がないから棄却する。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1162号21頁
- その他特記事項
- 本判決は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京高裁-平成28年(ネ)第3224号 | 一部認容、一部棄却 | 2017年04月12日 |