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国・半田労基所長(医療法人B会D病院)
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 国・半田労基所長(医療法人B会D病院)
- 事件番号
- 名古屋地裁-平成26(行ウ)第142号
- 当事者
- 原告…個人、被告…国
- 業種
- 医療、福祉
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年08月30日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- X(原告)は、2008(平成20)年7月1日、内科、外科、消化器科等を標榜する医療機関である医療法人B会D病院(以下、「本件病院」という。)に入職した女性であり、臨床検査技師として検査室において、検体検査及び生体検査を担当した。
2010(平成22)年6月1日、臨床検査技師として本件病院にEが入社し、検査室はXとEの二人体制になった。XおよびEは、勤務時間が重なっており、ほぼ毎日顔を合わせていた。両者の関係は次第にぎくしゃくするようになり、業務上、口論や意見の対立があった。また、Eは、Xに対して退職を勧める発言をし、他社の募集要項まで手渡すこともあった。同年10月1日にEが技師長に昇格しXの上司となった後も、口論となったうえ、EがXから1メートル程度の距離で怒鳴ることもあった。
他方、2011(平成23)年1月27日、Xは、本件病院の事務部長であったCから呼び出され、午後3時過ぎから6時過ぎまで、D院長、C及びF放射線技師と面談した(以下、「本件4者面談」という。)。本件4者面談において、Cらは冒頭からXに対して本件病院を辞めてもらいたい旨を明確に申し入れ、Xが円満退職に応じない場合は顧問弁護士を依頼する、揉めるようなら弁護士と話すように一方的にB会の意思を伝えた。そして、Xに辞めてもらいたい理由として、Cは、過去の他の技師らの退職理由がXにある旨を指摘した。これに対しXは、辞めたくないこと、および当該技師らの退職の事情は別にあることを説明したが、Cらはこれを聞き入れず、前記申入れを最後まで撤回することはなく、後は顧問弁護士と話すよう伝えた。
Xは、本件4者面談日の頃から3時間程度しか眠れない日が続き、2011年1月末日頃までの間に、精神障害(以下、「本件精神障害」という。)を発症した。その後しばらく働き続けた後、Xは休職した。同年2月11日、Xは、不眠、眼精疲労、肩凝症、吐き気等を訴えて医療機関を受診したところ、「心因反応(大脳)」と診断され、同年3月22日、別の医療機関において「心因反応」(当初の診断名は「心因性抑うつ状態」)と診断された。
2011年6月6日と2013(平成25)年1月16日、Xは、処分行政庁に対し休業補償給付の請求をしたが、処分行政庁は、いずれについても不支給とする旨の決定を行った(以下、併せて「本件各処分」という。)。Xは、愛知県労働者災害補償保険審査官に対して本件各処分それぞれについて審査請求を行ったが、棄却する旨の裁決が下された。本件各処分を不服とし、Xは、労働保険審査会に対し再審請求を行ったが、2014(平成26)年6月20日、同請求を棄却する旨の裁決が下された。
これらの決定および裁決は、いずれも、2011(平成23)年12月16日付基発1226第1号厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下、「認定基準」という。)に依拠して行われたものであり、Eとの対人関係のトラブル、また、本件4者面談について、Xのそれぞれ心理的負荷の強度を「弱」または「中」として、心理的負荷の全体評価を「弱」または「中」とするものであった。
これを受けXは、Y(被告・国)に対し、本件各処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- (1)本件精神障害の業務起因性に関する判断枠組みについて。被災労働者の傷病が業務上のものといえるためには、労災保険制度が、労働基準法上の災害補償責任を担保する制度であり、災害補償責任が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を補填する危険責任の法理に由来するものであることに鑑みると、当該傷病が被災労働者の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものと認められる必要があり、業務と当該傷病との間に条件関係があることを前提に、両者の間にそのような補償を行うことを相当とする関係、いわゆる相当因果関係があることが必要である(1976〔昭和51〕年11月12日熊本地裁八代支部廷吏事件参照。)。
精神障害の成因については、環境由来の心理的負荷(ストレス)と個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が起こり、逆に、個体側の脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生じるとする、いわゆる「ストレス-脆弱性」理論に依拠するのが相当である。
もっとも、業務による心理的負荷の有無・程度は、個体側の要因に左右される面が大きく、個人差も大きいため、精神障害の業務起因性の判断において、当該被災労働者本人を基準とすると、業務起因性が認められる範囲が広がりすぎることになりかねない。
そうすると、精神障害の業務起因性は、当該労働者と職種、職場における立場、職責、経験等の点で同種ないし類似する平均労働者を基準とし、当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が、一般に精神障害を発病させるに足りる程度のものであるといえ、かつ、業務による危険性がその他の業務外の心理的負荷や個体側の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められる場合、業務と当該精神障害との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
処分行政庁が依拠する、「ストレス-脆弱性」理論を前提に作成された認定基準は、裁判所による行政処分の違法性に関する判断を直接拘束するものではない。
しかし、認定基準は、近時の医学的・心理学的知見を踏まえて作成されたものであり、業務の過重性を客観的に把握しようとする点において、労災保険制度の趣旨に合致し、合理性を認めることができる。
そこで、本件においても、認定基準を踏まえつつ、本件精神障害の発病に関する具体的事情を総合的に斟酌し、業務と本件精神障害の発病との間の相当因果関係を判断するのが相当である。
(2)本件における業務起因性の検討。Xは、心理的負荷を受けた出来事として、Eとの人間関係に関する各出来事の心理的負担を主張するが、EがXに対してそれほど優位な立場にあったとは認めることはできず、Eの口調が強くなったことがあったとしても、Xとの口論の範疇にとどまり、Xもそれに応じた対応をしたもので、Eが一方的にXに対して叱責等を行ったと評価すべきものとは認められないから、Xの心理的負荷の強度は、「弱」から「中」の範囲にとどまる。また、Xは、Eから退職を勧められた旨を主張するが、Xが職場や同僚に不満を有していることを発言したことに端を発していることからすれば、その心理的負荷の強度は「弱」にとどまるものである。
また、Xは、本件4者面談につき心理的負荷を受けた出来事として主張し、面談の2日後に、Fとの会話の録音を証拠として提出するが、Xが退職するよう繰り返し強く迫られたことを裏付けるに足りるFの発言はなく、Xの供述を補強するものとは認められない。
本件4者面談に関するXの心理的負荷の程度を検討してみると、Xが、認定基準において心理的負荷が「強」の具体例として例示されているような、退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求められたり、恐怖感を抱かせる方法を用いて退職推奨されたり、突然解雇の通知を受けたりしたとは認められず、Xの心理的負荷は「弱」から「中」の範囲にとどまると解するのが相当である。
以上により、Xの業務における心理的負荷は、認定基準の要件を満たさず、Xの業務と本件精神障害の発病との間の相当因果関係を認めることはできず、休業補償給付を不支給とした本件各処分はいずれも適法である。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項1号、同法12条の8第1項1号、同第2項、労働基準法75条、同法76条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1162号44頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
名古屋高裁-平成28(行コ)第63号 | 認容(原判決取消し) | 2017年03月16日 |