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国・半田労基所長(医療法人B会D病院)
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 国・半田労基所長(医療法人B会D病院)
- 事件番号
- 名古屋高裁-平成28(行コ)第63号
- 当事者
- 原告…個人、被告…国
- 業種
- 医療、福祉
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2017年03月16日
- 判決決定区分
- 認容(原判決取消し)
- 事件の概要
- X(控訴人)は、2008(平成20)年6月頃、愛知県にある医療法人B会D病院(以下、「本件病院」という。)との間で期限の定めのない雇用契約を締結した女性であり、同年7月1日から本件病院において臨床検査技師として勤務を開始した。
2010(平成22)年6月1日、臨床検査技師として本件病院にEが入社し、検査室はXとEの二人体制になった。Eは本件病院より規模の大きいG病院に勤務してきた経験豊富な男性の臨床検査技師であり、採用面接の際、O医事課長から、「検査室を立て直してほしい」などと言われていた。XおよびEは、勤務時間が重なっており、ほぼ毎日顔を合わせていた。両者の関係は次第にぎくしゃくするようになり、業務上、口論や意見の対立があった。また、Eは、Xに対して退職を勧める発言をし、他社の募集要項まで手渡すこともあった。同年10月1日にEが技師長に昇格しXの上司となった後も口論となったうえ、EがXから1メートル程度の距離で怒鳴ることもあった。
他方、2011(平成23)年1月27日、Xは、本件病院の事務部長であったCから会議室に呼び出され、午後3時過ぎから6時過ぎ頃まで、D院長、C及びF放射線技師と面談した(以下、「本件4者面談」という。)。本件4者面談において、Cらは冒頭からXに対して本件病院を辞めてもらいたい旨を明確に申し入れ、Xが円満退職に応じない場合は顧問弁護士を依頼する、揉めるようなら弁護士と話すように一方的にB会の意思を伝えた。そして、Xに辞めてもらいたい理由として、Cは、過去の他の技師らの退職理由がXにある旨を指摘した。これに対しXは、辞めたくないこと、および当該技師らの退職の事情は別にあることを説明したが、Cらはこれを聞き入れず、前記申入れを最後まで撤回することはなく、後は顧問弁護士と話すよう伝えた。
Xは、本件4者面談日の頃から3時間程度しか眠れない日が続き、2011年1月末日頃までの間に、精神障害(以下、「本件疾病」という。)を発症した。その後しばらく働き続けた後、Xは休職した。同年2月11日、Xは、不眠、眼精疲労、肩凝症、吐き気等を訴えて医療機関を受診したところ、「心因反応(大脳)」と診断され、同年3月22日、別の医療機関において「心因反応」(当初の診断名は「心因性抑うつ状態」)と診断された。
2011年6月6日と2013(平成25)年1月16日、Xは、処分行政庁に対し休業補償給付の請求をしたが、処分行政庁は、いずれについても不支給とする旨の決定を行った(以下、併せて「本件各処分」という。)。Xは、愛知県労働者災害補償保険審査官に対して本件各処分それぞれについて審査請求を行ったが、棄却する旨の裁決が下された。本件各処分を不服とし、Xは、労働保険審査会に対し再審請求を行ったが、2014(平成26)年6月20日、同請求を棄却する旨の裁決が下された。
これらの決定および裁決は、いずれも、2011(平成23)年12月16日付基発1226第1号厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下、「認定基準」という。)に依拠して行われたものであり、これによれば「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負担が認められること」(心理的負荷の総合評価が「強」と判断される場合)が認定要件の一つとされている。処分行政庁は、Eとの対人関係のトラブル、また、本件4者面談について、Xのそれぞれ心理的負荷の強度を「弱」または「中」とし、心理的負荷の全体評価を「弱」または「中」と判断し、本件各処分を行った。
これを受けXは、Y(被控訴人・国)に対し、本件各処分の取消しを求めて訴訟を提起したが、第1審(原審)は、Xが業務上受けた心理的負荷が強かったとは認められないとし、業務上の疾病であることを否定し、Xの各請求をいずれも棄却した。そこで、これを不服とするXが控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 半田労働基準監督署長が控訴人に対して成24年11月28日付け及び平成25年3月5日付けでした労働者災害補償保険に基づく休業補償給付を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- (1)本件疾病の業務起因性に関する判断枠組みについて
本件疾病が「業務上」のものといえるためには、業務と本件疾病との間に相当因果関係が認められることが必要である(1976〔昭和51〕年11月12日熊本地裁八代支部廷吏事件参照。)。労働者災害補償制度は、労働者が従事した業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に発生した損失を補償する制度である。このような制度趣旨に照らすと、その業務が当該発生の危険を含み、当該危険が現実化したと評価し得る場合に、相当因果関係が認められる。
そして、精神障害の発症については、環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるか否かが決まるという、いわゆる「ストレス-脆弱性」理論を考慮して業務による心理的負荷の過重性を評価すべきである。
また、心理的負荷の程度を判断する際の基準者としては、業務に内在又は随伴する危険(業務による心理的負荷)の程度は被災労働者と同種の平均的労働者、すなわち通常の勤務に就くことが期待されている者を基準とすべきである。そして、ここでいう通常の勤務に就くことが期待されている者とは、完全な健常者のみならず、一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の軽減を要せず通常の勤務に就き得る者、いわば平均的労働者の最低限の者も含むと解するのが相当である。
認定基準については、法令と異なり、行政上の基準(通達)にすぎないうえ、労働者が置かれた具体的な立場や状況等を十分斟酌して適正に心理的負荷の強度を評価するに足りるだけの明確な基準とはいえないが、一定の合理性が認められるため、参考資料と位置付けるのが相当である。
(2)本件における業務起因性の検討
(イ)Eとの人間関係による心理的負荷について。XとEは、検査業務の進め方について度々意見が対立して口論になり、ときにはEが大声で怒鳴る又は怒り出すこともあった。その言い争いの最中に、隣の薬局の職員が驚いて検査室に来たこともあったというのであるから、両者の関係はかなり険悪で、このことは遅くともEが役職に就いた2010年10月頃には本件病院内で周知の事実であったと認められる。
また、同年8月3日、Eは、Xに対して退職を勧める発言をした上、同月20日にわざわざ他社の募集要項まで手渡した事実が認められ、これらは人事に関する権限を有しない従業員の言動である点で使用者による退職推奨とは異なるものの、XのEに対する不信を招き、双方の溝を更に広げる結果となったと認められる。
確かに、Eの一方的な言動ばかりとは思えないが、しかし、そのような言動を招いたことについてXに非があったとも認め難く、狭い検査室において2人体制で勤務する中で度々意見が対立して口論となり、ときには年上の上司である男性技師から大声で怒鳴られるという状況が生じていたと認められ、Xは、相当なストレスを感じていたと認められる。
そうすると、Xの心理的負荷の程度は、客観的にみて相当程度過重であったとみるのが相当である。
なお、念のため認定基準に当てはめて検討すると、Xの心理的負荷は「中」ないし「強」に当たる。
(ロ)本件4者面談による心理的負荷について。本件4者面談は、CがXを呼び出し、Xに対して、突然、冒頭から病院を辞めてもらいたい、円満退職しない場合は顧問弁護士を雇う旨を申入れ、Xが辞めたくないと答えたにもかかわらず、揉めるようなら弁護士と話してほしいなどと伝えたものであり、まさに退職の強要と評価することができる。その上、退職を迫る理由とされた過去の退職者との関係については事実に反する内容であり、これについて約3時間も追やして反論したにもかかわらず、病院側は再検査を検討することもなく、結局、雇用継続しないとの本件病院の意向に変更はなかった。このような一方的かつ理不尽な退職強要を受けた労働者の立場からみると、その心理的負荷は客観的にみて相当大きな過重であったと認められる。
なお、念のため認定基準に当てはめてみると、その心理的負荷の程度は「強」である。
以上により、Xは業務により過重な心理的負荷を受け、かつ他に業務外の心理的負荷やXの個体側の脆弱性も認められないことからすれば、本件疾病は、Xの従事する業務に内在する危険が現実化したものと評価できるから、業務との相当因果関係が認められる。したがって、これと結論を異にする原判決を取り消してXの各請求をいずれも認容することとする。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項1号、同法12条の8第1項1号、同第2項、労働基準法75条、同法76条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1162号28頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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名古屋地裁-平成26(行ウ)第142号 | 棄却 | 2016年08月30日 |