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学校法人M学園ほか(大学講師)事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
学校法人M学園ほか(大学講師)事件
事件番号
千葉地裁松戸支部-平成26(ワ)第1013号
当事者
原告…個人、被告…個人、法人
業種
教育、学習支援業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2016年11月29日
判決決定区分
一部認容、一部棄却
事件の概要
X(原告)は、被告学校法人M学園(以下、「Y2学園」とする。)に雇用され、Y2学園が経営するF大学で非常勤講師として稼働し、2005(平成17)年5月よりB語の授業を担当するようになった。Y1(被告)は、2013(平成25)年4月にF大学C学部に入学した学生であり、2014(平成26)年度にXのB語の授業を選択していた。
 2014年11月5日、Xは、F大学のB語担当専任講師であるDに対し、また、同月6日にF大学の職員であるEに対し、Y1から臀部を触られる等のセクシャルハラスメント(以下、「本件セクハラ行為」という。)を受けたので、Yを自身の授業に出席させないようにしてほしい旨を伝えた。しかし、同月7日までに、D及びEから、Y2学園がY1の授業出席をより止めることはできない旨伝えられた。
 同年11月7日、EはF大学のF1総合事務センター学務課長Gに対し、XとY1との間のトラブルについてメールをし、Gは同センター長であるHに対して、Eから送信されたメールの内容を伝えた。Hは、XとY1との間にトラブルが生じていることを認識し、同月11日にY1に対する事情聴取を行うこととした。
 同年11月11日、Hは、F大学のB語担当者会議の責任者であるIとF1総合事務センターの学務担当課長であるJとともに、Y1に対する事情聴取を実施した。Y1は、Hらに対し、「(Xの臀部に)触れたかもしれないが、記憶にはないです。」、「もし、Xがこのことで怒っているのであれば、記憶にないが謝りたい。」等と述べた。
 その後、Hは、X代理人に対して電話にて、学生も先生に謝りたいこと、軽いノリで触ったかもしれないことを伝え、X代理人はX本人に対し、Hとの電話でのやり取りの概要を伝えるメールを送信した。同年11月12日、Hは、Y1に対する事情聴取を再度実施したところ、Y1は、覚えていないが、「ノリ」で触ったかもしれない、自分の記憶にないと回答した。 
 Hらは、続いて、Xの授業を選択している学生を履修者名簿から割り出し、合計約20名の学生に電話を掛け、同年11月4日の授業の状況を聴取しようとしたところ、4名の学生から聴取することができたが、4名はいずれも、XとY1との間でトラブルが発生した等の特段の事情について述べたことはなかった。
 同年11月18日、Y2学園ではハラスメント調査委員会の議事が開催され、Xの主張するハラスメントに該当する事実は認められないと結論付け、Y2学園代理人は、同月19日付の書面で、X代理人に対し、同調査委員会が前期のとおりに結論付けたと報告した。なお、Xは、2015(平成27)年1月15日にY2学園を退職している。
 これを受けXは、Y1に対し、本件セクハラ行為により多大な精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき慰謝料等の支払いを求め、そしてY学園に対し、XとY1との言い分が対立している状況下で、X代理人立会いの下でX本人からの事情聴取をせず、不十分な調査をするにとどめたうえ、XとY1との間の関係改善に向けた方策を何も講じなかったことから、Xが多大な精神的苦痛を被ったとして、労働契約における債務不履行に基づき慰謝料等の支払いを求めて、本件訴訟を提起した。
主文
1 被告(個人)は、原告に対し、11万円及びこれに対する平成27年4月11日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告(法人)は、原告に対し、88万円及びこれにたいする平成27年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、次のとおりの負担とする。
 (1)原告に生じた費用のうち30分の19を原告の負担とし、30分の1を被告(個人)の負担とし、30分の10を被告(法人)の負担とする。
 (2)被告(個人)に生じた費用のうち、10分の9を原告の負担とし、その余を被告(個人)の負担とする。
 (3)被告(法人)に生じた費用のうち、2分の1を原告の負担とし、その余を被告(法人)の負担とする。
5 この判決は、第1項、第2項、及び第4項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
(1)Y1は、Xの授業中に本件セクハラ行為に及んだか
 Xの臀部に触れたとの事実を否認しているにもかかわらず、早い段階から謝罪の意向を表明するというのは、不可解といわざるを得ず、本件紛争のポイントの一つともいうべき事情についての供述を避けようとする態度に終始しており、Y1の供述の信用性には疑問がある。また、Xが虚偽の事実を主張してまでY1を陥れようと企てていることの動機となり得るような事実(個人的な怨恨等)は、全くうかがうことはできず、Xの供述内容は大枠において、不自然不合理なところはなく、これらの点を総合すれば、Y1は、2014年11月4日の授業中に、Xの臀部を触っていたとの事実を認定するのが相当である。

(2)Xは、本件セクハラ行為によっていかなる損害を被ったか
 XがY1の行為によって受けた精神的衝撃は、決して小さいものではないと考えられるが、Y1はあくまで「ノリ」で行為に及んだもので、Y1自身の性欲を刺激興奮させ、又は満足させるという性的意図の下に及んだものとは認め難く、この意味において、Y1の行為の違法性は、さほど強いものではないというべきであり、「ノリ」で行為に及んだY1からすれば、Xが提訴するほどまでに精神的苦痛を被るとは予想していなかったことがうかがわれる上、Y1の年齢等を考慮するとY1がそのような認識を持ったとしてもそれはやむを得ない側面があることも否定できず(なお、これは、Y1の行為が法的に許されるということを意味するものではない。)、そういった事情からすれば、Y1がXに支払うべき慰謝料については、10万円が相当である。

 (3)Y2学園は、Xからの情報提供及び要望に対し、労働契約に基づく義務に反する対応に及んだといえるか
 Y2学園は、Hらが、Y1及びXに対する事情聴取並びに出席していた学生4名からの電話による事情聴取により、Y1がXの臀部に触った可能性は否定できないとの印象を有していたところ、その後Xから再度の事情聴取をせずに、ハラスメント調査委員会が前記のようなHらの印象を覆してY1によるハラスメント行為はなかったという結論を下したことについて、不十分な調査によって被用者であるXに不利な結論を下したという外なく、Y2学園の措置は労働契約上の義務に違反するものと認められる。

 (4)Xは、Y2学園の債務不履行によっていかなる損害を被ったか
 Y2学園はY1の履修継続及び事態の早期決着を目指すことを優先して、X側の言い分を尊重しない行動に出たものという外なく、Y2学園のかような対応は、Xを精神的に相当傷つけたものと認められる。Y2学園がXに支払うべき損害賠償額については、諸々の事情を考慮すると、80万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例1174号79頁
その他特記事項