判例データベース
国立大学法人Y大学事件
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせセクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 国立大学法人Y大学事件
- 事件番号
- 前橋地裁-平成26(ワ)第632号
- 当事者
- 原告…個人、被告…法人
- 業種
- 教育、学習支援業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2017年10月04日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却、一部却下
- 事件の概要
- Y(被告)大学は、2004(平成16)年に設立された国立大学法人である。X(原告)は、2012(平成24)年1月1日付でY大学との間で労働契約を締結し、同日付でY大学大学院A学系研究科(B講座C学分野)の教授として着任した。
Xが着任した当時のB講座C学分野の教室(以下、「本件教室」という。)の構成員は、Xのほか、D講師、E講師、F助教ら9名であった。その後、同年8月19日以降の本件教室の構成員は、XとG研究員の2名であった。
2012年1月頃、D講師、E講師、F助教は、Y大学のハラスメント相談員に対し、Xからパワーハラスメント(以下、「パワハラ」という。)を受けている旨、相談をした。A学系研究科長Nは、同月27日、Xに対し、ハラスメントに関する訴えがあることを説明したうえで、ハラスメントに相当するような発言や労働基準法に抵触するような行為は慎み、円滑な教室運営を図るよう告げ、さらに土日出勤を強制する労働基準法違反となるような行為は止めるよう依頼した。また、N研究科長は、同年2月20日及び同年3月14日、Xと面談し、土日出勤の強制など労働基準法違反となるような行為はしないよう注意すること、引き続き法令遵守と円滑な教室運営を図ることのお願いをし、今後もハラスメントの訴えが続くようであれば、調査委員会を立ち上げて調査せざるを得ず、調査の結果、ハラスメントの存在が認定されれば、教育研究評議会の議決を経て処分されることになることなどを説明した。さらに、N研究科長は、同年5月11日にもXと面談した。
2012年4月8日、Y大学は、Xの本件教室の構成員に対するハラスメントに関するハラスメント調査委員会を設置し、関係者に事情聴取や聞き取り調査を行った。
2014年(平成26)年9月18日、Y大学は、Y大学教育研究評議会において、Xが、本件教室の構成員であったD講師、E講師、F助教、L助教及びM助教(合わせて以下、「D講師ら」という。)に対してパワハラ及びセクシュアルハラスメント(以下、「セクハラ」という。)を行ったこと、ならびにN研究科長との面談において同研究科長から法令遵守及び本件教室の運営を改善するよう指導を受けていたにもかかわらず、従おうとしなかったことを非違事由として、Xを諭旨解雇とする旨の審査説明書を交付することを決定し、同月25日、Xに対し、同審査説明書を交付した。
2014年10月7日、XはY大学の教育研究評議会議長に対し、書面陳述請求書とともに懲戒処分をしないこと、またはより緩やかな懲戒処分を選択すべきことを求める書面陳述書を提出し、同月15日、Y大学に対し、口頭での意見交換を求めるための要請書を提出した。Y大学教育研究評議会議長は、同月22日、Xの書面陳述を受理したが、意見交換の必要性がないものと判断し、これをXに通知した。
2014年11月20日午前9時30分頃、Y大学は、Y大学を訪れたXに対し、諭旨解雇処分をする旨を告げて、懲戒処分書及び処分説明書を交付し、諭旨解雇の応諾書または応諾拒否書のいずれか一方にサインするように求めた(以下、「本件諭旨解雇」という。)。Xは、上記の各文書をいったん持ち帰ったうえで、応諾するか否かを検討したい旨を告げたが、Y大学は、Xに対して、決定を留保することは認められない等を告げ、さらにXから架電を受けたXの代理人に対しても、Xがこのまま帰宅した場合、Y大学は、Xが諭旨解雇に応諾しなかったものとして懲戒解雇することになる旨を告げた。Y大学は、同日午前10時30分頃、Xが諭旨解雇の応諾を拒否したものと判断して、懲戒解雇処分とする旨を告げて、懲戒処分書及び処分説明書を交付した(以下、「本件懲戒解雇」という。)。
Y大学が懲戒事由として主張するXの行為は、業務の適正な範囲を超えた勤務時間に対する不適切な発言、業務の適正な範囲を超えた指導・叱責あるいは侮辱・ひどい暴言のパワハラ、女性を蔑視したセクハラ発言、私的なことに対する過度な立ち入り、他の者を不快にさせるセクハラ、他大学公募への応募や留学の強要などであった。
これを受け、Xは、Y大学によるXの解雇は無効であると主張し、Y大学に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、さらにY大学がXに対する諭旨解雇処分を懲戒解雇処分に強行的に切り替えた行為により、意思決定の機会を奪われ、精神的障害を被ったと主張し、訴訟を提起した。
本件の争点は、(1)本件懲戒解雇の解雇手続きの適法性、(2)本件懲戒解雇は処分をすべき時期が遅きにすぎ、時機を失しているか、(3)Xが、D講師らに対してパワハラまたはセクハラを行ったか、(4)Xが、N研究科長の業務命令に違反したか、(5)本件懲戒解雇の相当性、(6)Y大学が、本件諭旨解雇を本件懲戒解雇に切り替えたことにつき、不法行為が成立するか、である。 - 主文
- 1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 本件訴えのうち、本判決確定の日の翌日から毎月17日限り58万1975円及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める部分、本判決確定の日の翌日から毎年6月30日限り114万6249円及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める部分並びに本判決確定の日の翌日から毎年12月10日限り79万8393円及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める部分をいずれも却下する。
3 被告は、原告に対し、平成27年1月1日から本判決確定の日まで毎月17日限り58万1975円及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、15万円及びこれに対する平成26年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
7 この判決は、第3項及び第4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)について
Y大学は、Xが諭旨解雇の応諾書にサインしないまま帰宅することをもって、Xが諭旨解雇の応諾を拒否したもの、すなわち、退職願の提出の「勧告に応じない」(就業規則45条1項2号)場合に当たるものと判断して、本件懲戒解雇をしたことが認められる。
この点、Y大学は2014年11月20日午前9時30分頃にXに対し諭旨解雇処分をする旨を告げてから午前10時30分頃に懲戒解雇処分とする旨を告げるまでの約1時間でXが諭旨解雇の「勧告に応じない」ものと判断したことになる。しかし、Y大学がXに対し、諭旨解雇に応ずるか否かを検討するに要する時間を聴取し又は回答期限を設定するなどの対応を取ることは十分に可能であったというべきである。
以上によれば、本件懲戒解雇は、同日時点では、Xが退職届の提出の「勧告に応じない」と断定できないにもかかわらず行われたものであり、解雇手続きが就業規則45条1項2号の規定に違反した違法な処分であると言わざるを得ない。
もっとも、解雇手続に違法があっても、Xを諭旨解雇を経ずに直ちに懲戒解雇とすることが相当であるといえるだけの悪質な、あるいは多数の懲戒事由が認められるとか、既に諭旨解雇に応ずるか否か検討する十分な時間が与えられていたなどの特段の事情があり、軽微な違法にとどまる場合には懲戒解雇は有効と解するのが相当である。そうすると、2014年11月20日の本件懲戒解雇の手続きが違法であったとしても、Y大学は、Xが諭旨解雇の勧告に応じるに十分な時間が経過した後、日時を改めて、懲戒解雇することになるだけであるから、本件懲戒解雇における手続的瑕疵は軽微なものであったというべきである。したがって、懲戒事由の悪質性等に留意して、本件懲戒解雇の有効性について以下検討する。
(2)について
Xによるハラスメント被害の申告及び関係人が多数に及ぶものであり、調査等に一定の時間を要することはやむを得ず、また、Y大学が被害の申告があった早期の段階からXと面談をし、注意を促していたことから、本件懲戒解雇がXの不意打ちとなるものであったとも言い難い。したがって、本件懲戒解雇に係る非違行為が解雇の日から3年も前の事実に係るものであるからといって、そのことから直ちに懲戒処分をすべき時機が遅きにすぎ、時機を逸しているということはできない。
(3)について
Xは、訴訟における懲戒事由の事後的な追加は許されないと主張する。確かに、使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。もっとも、懲戒当時に使用者が認識していた非違行為については、それが、たとえ懲戒解雇の際の処分説明書に記載されていなかったとしても、処分説明書に記載された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種もしくは同じ類型に属すると認められるもの、または密接な関連性を有するものである場合には、それをもって当該懲戒の有効性を根拠付けることができと解するのが相当である。
別紙主張証拠対照表のY大学主張欄記載のハラスメントは、いずれもY大学がD講師らに対する聞き取り調査など、各手続きにより認識するに至った行為だということができ、処分説明書に記載された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種若しくは密接な関連性を有するものであるということができ、Xの主張は採用できない。
次に、Y大学が懲戒事由と主張する各行為がハラスメントに該当するかを検討する。(ア)XがD講師を本件教室から追い出す意図をもって、教員公募への応募を強要したと認めることは出来ない。(イ)Xは、E講師に対し、2012年2月15日頃、科研費を当ててくれないと困るなどと述べたこと、同年4月頃、E講師のポストが空いて独立准教授がきたら1500万円はいる、E講師は科研がとれていないのだからその分働いてもらうなどの発言をしたことなど、これらXの発言等は、E講師の仕事が遅いこと及び業績がない事実を繰り返し指摘して叱責するだけのものであり、Xが、E講師の相談に乗ったり、アドバイスをしたような事情はうかがわれない。Xの上記発言等は机を叩くなどの行為を伴っていたことが認められ、Xの上記発言等は、業務の適正な範囲を超えた指導、暴言のパワハラに当たる。(ウ)Xが、L助教に対し、「女性研究者は出産とかで何年も空くと、やっぱりなかなか戻りづらい」などと発言した行為は、L助教が結婚又は出産で休職する予定がないかを着任早々複数回にわたり尋ねられていたことも併せ考慮すると、女性研究者は出産等をすべきでないとの意味で受け取られてもやむを得ないものであり、Xの上記発言等はセクハラに当たる。(エ)Xは、M助教に対し、2013(平成25)年4月24日午後9時頃、実験の失敗を理由に、研究者失格である、研究者としては大学院生以下であるなどと述べたり、説教をし、翌日の午前1時頃まで叱責するなどした。Xの叱責は短期間に、連日にわたっておこなわれており、その時間も相当程度長時間に及ぶものであり、Xの叱責は、廊下を隔てた別の部屋にまで聞こえるくらい大声のときもあったことが認められる。また、Xは、M助教が実験に失敗した原因を掘り下げて究明し、指導したような様子は全くうかがわれない。そうすると、Xの上記言動は、M助教に対する指導の手段として著しく相当性を欠くものであり、業務上の必要性を超えて精神的苦痛を与えたものであり、パワハラに当たる。
(4)について
N研究科長の業務命令に違反したとする懲戒事由については、Xに対し具体的な業務命令が発せられたことが認められず、Xに業務命令に違反した懲戒事由があるとはいえない。
(5)について
(3)においてハラスメントに該当すると評価されたXによる各行為は、Xの教授としての職務上の義務に違反し、就業規則所定の懲戒事由に該当する。
しかし、Xの懲戒事由に該当するハラスメントの内容及び回数は限定的であり、Xのパワハラならびにセクハラの態様からすれば、Xのハラスメント等の悪質性が高いとは言い難いこと、Xには過去に懲戒処分歴がなく、Xは本人ヒアリングの結果等において、ハラスメントの一部を認め、反省の意思を示していたことなどから、教職員に対する懲戒処分として最も重い処分であり、即時に労働者としての地位を失い、大きな経済的及び社会的損失を伴う懲戒解雇とすることは、懲戒事由との関係では均衡を欠き、社会通念上許容相当を欠くと言わざるを得ず、Y大学の懲戒権又は解雇権を濫用するものであるから、無効である。したがって、Xは、現在もY大学に対し、労働契約上の権利を有する地位にあるといえる。
(6)について
懲戒解雇は、退職金の支給がなく、再就職等にも少なからず影響を与える重大な処分であることからすれば、Xの諭旨解雇の勧告に応じる機会は法律上保護に値する利益というべきであり、Y大学が本件諭旨解雇を本件懲戒解雇に切り替えた行為は、Xの法律上保護される利益を侵害するものであり、不法行為を構成する。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1175号71頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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