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NPO法人B会ほか事件

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせセクシュアル・ハラスメント
事件名
NPO法人B会ほか事件
事件番号
長崎地裁-平成27(ワ)第95号、平成27(ワ)第362号
当事者
原告…個人、被告…法人、個人
業種
医療、福祉
判決・決定
判決
判決決定年月日
2017年02月21日
判決決定区分
甲事件・・・一部認容、一部棄却。乙事件・・・棄却。
事件の概要
1. 甲事件
(1)Y2及びY3のX 1に対するパワハラ行為
 X1(原告)は、精神障害者保健福祉手帳を有する障害者の女性であり、2012(平成24)年9月から2013年8月まで、Y1特定非営利活動法人(被告。以下、「Y1法人」とする。)を利用していた女性である。X1は、2008(平成20)年頃、統合失調症で障害等級2級の認定を受けていたDと婚姻し、生活保護を受給していた。Y1法人は、2006(平成18)年9月1日に設立され、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律5条15項(現・同条14項)、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律施行規則6条の10第2号に基づく就労継続支援事業B型(非雇用型)等を行っていた。X1は、週6日間、Y1法人にあるE事業所が仕入れたパンを老人ホームや病院で販売し、Y1法人から工賃を受け取っていた。
 X1及びDは、生活保護を受給してこれを分けて生活していたところ、金銭の使い方や管理の問題についてはDの後見人から指導を受けており、X1は、Dとの金銭にまつわる不和やX1のリストカットなどについて、Y1法人の理事であり、主任職業指導員の地位にあったY2(被告)などに相談することがあった。Y2は、2013(平成25)年1月頃から、X1に対し「お前は俺たちの税金で生活しよるとぞ、それを全然分かっとらん」などと叱責し、また「俺たちの言うことを聞いとけば失敗しない」などと言った(以下、「本件言動ア」という。)。本件言動アは、作業終了後週に2、3度、2時間程度続くこともあった。
 また、X1は、Y1法人に通所を始めてE事業所でパンの販売を行っていたところ、体重が増加し通院先の病院で過食との指摘を受け、Y2は、X1に対し減量するよう指導した。X1は、Y2、Y1法人の代表権を有する理事であるY3(被告)及び利用者らとともにE事業所の作業所で夕食をとるようになった。しかし、Y2らの指導にもかかわらず、X1の体重に大きな変化はなく、X1は、2012(平成24)年10月には通院先で過食が止まらないと訴えていた。Y2はX1に対し、「今日は何キロ痩せたか」「これ以上食べんでよか」などと言った。Y1法人のH理事は、X1に対し、「さっさと痩せろ」などと言った。また、「体重計に乗れ」と指示し、「まだ80キロにならないのか」と言った(以下、「本件言動イ」という。)。X1は、E事業所で夕食をとることが苦痛になり、数か月後にはこれら一緒の食事を止めた。
その他、X1は、Dが通所しなかった際、X1が体調不良になった際にも、Y2及びY3から叱責されることがあった。
(2)Y2のX1に対するセクハラ行為
 2013年7月31日、パンの販売を終えてE事業所の作業所に戻ったX1は、気分が落ち込んで泣いていた。作業所にはY2がおり、X1に対し、大丈夫かと声をかけるなどした。そして、Dが同日午後6時頃、X1を迎えに来たが、X1は気分の落ち込みがひどく帰ることができず、そうしたところ、Y2はDに対し、ジュースを買ってくるように言い、Dは作業所の外に出た。X1が死にたいと言うと、Y2は、夫婦で仲良くしているのか、ストレスが溜まっているのではないかなどと言って立ち上がり、X1の背後からX1に抱き着いた。次いで、Y2は、X1の両胸を服の上から揉んだ。さらに、X1の右耳に息を吹きかける、いきなり5ないし10秒間程度キスをするなどをした。X1は気が動転して体が固まり、抵抗することができなかった。
 これを受け、X1は、(1)Y2及びY3からパワーハラスメント(以下、「パワハラ」という。)に該当する叱責を受けたとして、Y1法人に対し、Y2の行為につき不法行為及び使用者責任に基づき、そしてY3の行為について不法行為等に基づき、損害金等の支払いを求め、(2)また、Y1法人の理事であるY2からセクシャルハラスメント(以下、「セクハラ」という。)に該当する行為を受けたとして、Y2及びY1法人に対し、不法行為又は使用者責任に基づき、損害金等を求めて提訴した。

2. 乙事件
 X2(原告)は、2009(平成21)年9月から2011(平成23)年11月頃までY1法人に通所し、生活保護を受けていた女性である。X2は、Lクリニックの医師の診断では、統合失調症の疑い、境界型人格障害の疑いであり、発症はなく、障害者手帳は交付されていなかった。
 X2は、2011年11月8日、Y1法人からの帰宅後、40度近い熱があった。X2と同居していたX2の母は、Y1法人の施設の利用者で精神的な障害があったところ、薬もなく夜だったので、Y3に電話を掛けて相談した。Y3は、体調を崩していたため対応できず、Y2に対し、X2の自宅に行くように指示した。
 Y2は、薬や食べ物等を持ってX2の自宅に行った。X2宅に着いたのは午前0時を過ぎていた。Y2は、X2の母と弟に対し、「看病で疲れとるけん、俺がみとくけん」と告げて両名に寝室に行くよう促した。両名が寝室に行き、X2とY2が二人きりになると、Y2は、X2に対しキスをし、X2の下着越しに胸を触る、陰部を触るなどをした。X2は、高熱と恐怖心で抵抗することができなかった。X2は、Y2が帰宅した後、母に対し気持ちが悪いので体を拭くように頼んだ。
 Y2は、同月9日の午前中、X2宅に弁当を届けるために訪れ、X2に弁当を渡した後、約10秒間にわたりX2にキスをした。X2は、この時も体調が悪かったため、抵抗することができなかった。Y2は、その後「何でそんな目すっとや」「昨日のことは黙っとけよ」と告げた(以下、これらY2のX2に対する行為を「各セクハラ行為」という。)。Y2の帰宅後、X2は、嫌だといって口をゆすいだ。X2の母親がこれに気付き、X2は各セクハラ行為を母に打ち明けた。
 X2は、同月10日、Y1法人に通所せず、その後、X2の母は、Y3に電話を掛け、X2に対する各セクハラ行為について話した。しかし、Y3は、事情聴取をしたのみで対応策をとらなかった。
 X2は、各セクハラ行為の約1週間後、警察署に対し、X2に対する各セクハラ行為について相談をした。警察署は、現場であるX2宅の写真撮影、X2が当時着用していたパジャマの領置等の操作を行った。また、X2は、2013年11月6日、各セクハラ行為に関する警察署の捜査に対し、上記の通り、パジャマをめくられ、胸や下半身を触られたりキスされた旨、回答した。
 X2は、Y2から二度にわたって性的虐待を受けたことにつき、Y1法人に安全配慮義務違反があったとして、債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求め、提訴した。
主文
1 Y1法人は、X3に対し、91万0977円及びうち別紙1「認定割増賃金計算書」の「認定額」欄記載の各金員に対する同別紙「割増賃金支給日」欄記載の各日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 Y1法人及びY2は、X1に対し、連帯して33万円及びこれに対する平成25年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 (1)Y2は、X1に対し、5万5000円及びこれに対する平成25年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員をY1法人と連帯して支払え。(2)Y1法人は、X1に対し、11万円及びうち5万5000円に対する平成25年7月31日から、うち5万5000円に対する平成25年8月31日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を、うち5万5000円及びこれに対する平成25年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員はY2と連帯して支払え。
4 Y1法人は、X2対し、55万円およびこれに対する平成27年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 X3、X1及びX2のその余の請求並びに被告Y1法人及びY2の請求のいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、別紙2「訴訟費用負担割合」のとおりの負担とする。
7 この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1. 甲事件
(1)について
 パワハラ行為とは、職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与え又は職場環境を悪化させる行為をいう。そして、パワハラ行為は、社会通念上許容される業務上の指導を超えて、相手方に対して過重な精神的ないし身体的負担を与える行為であって、不法行為としての違法性を具備する。
 X1はY1法人と雇用関係にあるものではないが、X1は、Y1法人において就労継続支援を受け、工賃を受領していたところ、Y1法人の理事らは、その利用者であるX1との関係において職務に準じた地位ないし人間関係等の優位性があるということができ、上記理事らが、社会通念上許容される範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与え又は職場環境を悪化させる行為をした場合には、不法行為としての違法性を具備するというべきである。
本件言動アについては、精神障害により生活保護を受給せざるを得ないX1に対し、社会通念上許容された範囲を超えた非難をするものであって、違法である。
本件言動イについては、周囲に他の利用者がいる環境で体重計に載るよう指示した上でX1の体重に言及したH理事の発言は、社会通念上許容された範囲を超えてX1の名誉を毀損するものであって、適正な範囲を逸脱しているというべきで、H理事の上記言動は違法である。
よって、本件言動ア・イは、不法行為としての違法性を具備する言動であるというべきであり、慰謝料としては各5万円が相当である。
(2)について
 Y2は、X1の意思に反し、X1の頬や胸を触り、キスをするなどの行為(X1に対するセクハラ行為)に及んだことが認められ、これは、X1の人格権を侵害する違法な行為であり、Y2は不法行為責任を負う。 
 X1に対するセクハラ行為は、Y2がY1法人の施設内において、利用時間後にX1と面談を行っていた際に行ったものであるが、Y1法人は障害者の地域生活に関する相談などの支援活動を行うことを業務とし、利用者の健康管理や生活上の指導などもしていたから、X1に対するセクハラ行為は、Y1法人の事業の執行行為を契機として、これと密接な関連を有するものというべきである。そして、X2に対する各セクハラ行為について、X2からY3に対し苦情ないし相談があったにもかかわらず、改善された事情が窺われないことからすれば、Y1法人がY2の事業の監督等について相当な注意をしたとか、相当な注意をしても損害が生じたということはできない。
 よって、Y1法人及びY2は、X1に対し、Y2につき不法行為、Y1法人につき使用者責任に基づき、連帯して損害金33万円の支払義務を負う。

2. 乙事件
 X2に対する各セクハラ行為があったとするX2の供述は、具体性がある。なお、X2は、統合失調症の疑い、境界型人格障害の疑いで診断を受けているが、発症はなく、予防的に服薬しているにすぎないのであって、X2の病状や性格の特徴に妄想や作り話はないものである。さらに、X2は各セクハラ行為があった1週間後に警察に相談して自宅の写真撮影や当時の着衣を提出しての捜査を受けており、警察への申告内容はX2の供述どおりのものであったと推定されるところ、通常、虚偽の被害申告により刑事上、民事上の責任を負う危険を負担してまで、虚偽の被害を創出するとは考え難い。したがって、X2の供述は信用でき、X2に対する各セクハラ行為があったことを認定することができる。
 X2は、Y1法人との間で指定就労継続支援のサービス利用契約を締結し、Y1法人から、就労継続支援を受け、工賃を受領していたものであり、X2とY1法人とは、労働契約上の法律関係と類似し、更に障害者に対する福祉施設としてより密接な社会的接触がある関係ということができる。したがって、Y1法人は、X2に対し、上記契約上、施設が利用者にとって働きやすいないし利用しやすい環境を保つよう配慮する義務を負うというべきである。
 X2に対する各セクハラ行為は、X2の母(利用者)がY3に電話を掛け、X2(利用者)の発熱について相談し、Y3の指示のもとY2がX2宅に行くことになったという経緯の中で発生したことからすれば、X2やその母は、Y3やY2に個人的に要務を依頼したというよりは、Y1法人に対して相談して、Y1法人がこれに対応した中で発生したというべきであり、外形的にはY1法人の事業の一環としてなされたというべきである。
 そして、X2の母がY1法人の管理者であるY3にX2に対する各セクハラ行為について苦情を述べ、また、それから数日してX2がY1法人の利用を止めたにもかかわらず、Y1法人は、何ら対策をとらなかったから、Y1法人のセクハラ防止策は形式的なものにすぎなかったと言わざるを得ない。そうすると、X2に対する各セクハラ行為は、Y1法人におけるセクハラ等の利用者に対する虐待を防止する体制の不備の中で発生したというべきである。
 したがって、Y1法人は、X2に対し、サービス利用契約上の債務不履行により、X2に対する各セクハラ行為について損害賠償責任を負う。
適用法規・条文
民法709条、特定非営利活動促進法8条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条、労働契約法5条
収録文献(出典)
労働判例1165号65頁
その他特記事項
甲事件において 原告X3がY1法人に対して労働契約上の権利を有する地位の確認などを求めて提訴したが、X3の解雇は有効であると判示された。