判例データベース
Y社(均等法・育休法違反)事件
- 事件の分類
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- Y社(均等法・育休法違反)事件
- 事件番号
- 東京地裁-平成27(ワ)第36800号
- 当事者
- 原告…個人、被告…企業
- 業種
- 情報通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2017年07月03日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- Y社(被告)は、英文の学術専門書籍、専門誌の出版及び販売等を行う株式会社であり、ドイツ連邦共和国の法人が親会社になっている。X(原告)は2006(平成18)年10月に労働契約を結んでY社に入社し、A部のBチーム(以下、「Bチーム」という。)に所属し、学術論文等の電子投稿査読システムの技術的なサポートを提供する業務に従事していた女性労働者である。
2010(平成22)年9月頃、Xは産前産後休暇に入り、同年10月31日に第一子を出産した。その後、引き続き育児休暇を取得して、2011(平成23)年7月から職場復帰し、上記休業取得前に従事していた業務に従事した。
2014(平成26)年4月25日、Xは、Y社の産前産後休暇・育児休業の申請をし、同年8月から産前産後休暇に入り、同年9月2日に第二子を出産した後、引き続き育児休業を取得した(この時Xが取得した休暇・休業を、以下、「第2回休業」という。)。
2015(平成27)年3月、Xが、Y社に対し、第2回休業後の職場復帰の時期等についての調整を申し入れたところ、Y社の担当者らは、Bチームの業務はXを除いた7人で賄えており、従前の部署に復帰するのは難しく、子会社に転籍するか、収入が大幅に下がる総務部の職に移るしかないなどと説明をし、Xに対し、退職を勧奨し、同年4月分以降の給与は支払われたものの、その就労を認めない状態が続いた。
Xはその後、Y社の行った退職勧奨や自宅待機の措置が男女雇用機会均等法(以下、「均等法」という。)や育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、「育休法」という。)の禁ずる出産・育児休業を理由とする不利益取扱いに当たるとして、東京労働局雇用均等室に原職復帰等の調停の申立てを行い、2015年10月には紛争調整委員会がXの申立てに沿った調停案受託勧告書を提示したが、Y社が受諾を拒否したため調停は打ち切られた。そしてY社は、同年11月27日付でXを同月30日限りで、協調性不十分や職務上の指揮命令違反等を理由として解雇する旨を通知し解雇した(以下、「本件解雇」という。)。
これを受けXは、Y社に対し、本件解雇が均等法及び育休法に違反して無効であるなどとして、労働契約上の地位確認と、Y社が育児休業後のXの復職の申し出を拒んで退職を強要し解雇を強行したことにつき、不法行為に基づく損害賠償等を求めて訴訟を提起した。 - 主文
- 1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成27年12月から、本判決確定の日まで、毎月24日限り39万7900円、並びに、毎年6月24日及び12月24日限り39万7900円、並びに、これらに対する各同日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、55万円及びこれに対する平成27年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)本件解雇の効力について
均等法9条3項及び育休法10条は、労働者が妊娠・出産し、又は育児休業をしたことを理由として、事業主が解雇その他の不利益な取扱いをすることを禁じている。一方で、事業主は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合には、労働者を有効に解雇し得る。
労働者の妊娠等と近接して解雇が行われた場合でも、事業主は、少なくとも外形的には、妊娠等とは異なる解雇理由の存在を主張するのが通常であると考えられる。そして、当該解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められなかった場合であっても、妊娠等と近接して行われたという一事をもって、当該解雇が妊娠等を理由として行われたものとみなし、均等法及び育休法違反に当たるとするのは相当とはいえない。
他方、事業主が解雇するに際し、形式上、妊娠等以外の理由を示しさえすれば、均等法及び育休法の保護が及ばないとしたのでは、当該規定の意義は大きく削がれることになる。
このようにみてくると、事業主が外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法9条3項及び育休法10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるため、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。
そこで、本件について以下検討する。Y社が主張するXの解雇理由については、Xが自分の処遇・待遇に不満を持って上司に執拗に対応を求めたり、上司の求めに非協力的であったり、時に感情的になって極端な言動をとったりするなどして、結果、上司らはXへの対応に時間を取られることを大きな負担と感じていたものと要約できる。他方、Xは業務遂行に関しては、むしろ良好・優秀と評価されており、さらに、Y社によってXの問題行動について懲戒処分や文書を交付しての注意等は行われたことはなく、また、Y社は、弁護士等の助言を受けつつ注意書を準備していたとするが、実際にXはこれを交付されておらず、Xの問題行動をY社がどの程度深刻なものと受け止めていたかについては疑問も残り、少なくとも緊急の対応を要するような状況とまでは捉えていなかったことがみてとれる。
さらに、Y社では、Xの問題行動に苦難し、これへの対応として弁護士等に相談し、助言を受けていたというのであるが、第2回休業までの経緯及びその後の経過をみる限り、弁護士等の助言(問題行動に対して段階的に注意を与え、軽い懲戒処分を重ねるなどして、それでも態度が改まらないときに初めて退職勧奨や解雇等に及ぶべき)を踏まえた手順がとられていたとは到底いえず、弁護士等の助言内容に照らせば、Y社にあっては、復職を受け入れた上、その後の業務の遂行状況や職務態度等を確認し、不良な点があれば注意・指導、場合によっては解雇以外の処分を行うなどして、改善の機会を与えることのないまま、解雇を敢行する場合、法律上の根拠を欠いたものとなることを十分に認識することができたものとみざるを得ない。
ところで、Y社の主張によれば、弁護士等の助言を踏まえた既定の方針を変更し、本件解雇をなしたのは、問題行動のあるXが復帰した場合、組織や業務に支障が生ずるからであるというものである。しかし、労働者の何らかの問題行動があって、職場の上司や同僚に一定の負担が生じ得るとしても、上司や同僚の生命・身体を危険にさらし、あるいは、業務上の損害を生じさせるおそれがあることにつき客観的・具体的な裏付けがない限り、事業主はこれを甘受すべきものであって、復職した上で、必要な指導を受け、改善の機会を与えることは育児休業を取得した労働者の当然の権利といえるとし、本件において、上司や同僚、業務に生じる危険・損害について客観的・具体的な裏付けがあるとは認めるに足りない。
以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当であると認められず、均等法9条3項及び育休法10条に違反し、無効である。
(2)不法行為に基づく損害賠償について
解雇が違法・無効な場合であっても、一般的には、地位確認請求と解雇時以降の賃金支払請求が認容され、その地位に基づく経済的損失が補てんされることにより、解雇に伴って生じる精神的苦痛やその他無形の損害についての補てんを要する場合は少ないものと解される。
もっとも、本件解雇においては、Xが第2回休業後の復職について協議を申し入れたところ、本来であれば、均等法等に従い、Y社において、復職が円滑に行われるよう必要な措置を講じ、原則として、元の部署・職務に復帰させる責務を負っており、Xもそうした対応を合理的に期待すべき状況にありながら、Xは、特段の予告もないまま、およそ受け入れ難いような部署・職務を提示しつつ退職勧奨を受けており、Y社は、紛争調停委員会の勧告にも応じないまま、均等法及び育休法の規定に反する解雇を敢行したという経緯をたどっている。こうした経緯に鑑みると、Xがその過程で大きな精神的苦痛を被ったことが見て取れ、賃金支払等によって精神的苦痛がおおむね慰謝されたものとみるのは相当ではない。
本件に表れた一切の事情を考慮すれば、Y社は損害賠償義務を負うものというべきである。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例1178号70頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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