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I(控訴)事件(未払賃金等請求控訴、同附帯控訴事件)

事件の分類
その他
事件名
I(控訴)事件(未払賃金等請求控訴、同附帯控訴事件)
事件番号
東京高裁ー平成29年(ネ)第5128号、平成30年(ネ)第3303号
当事者
控訴人兼被附帯控訴人 個人、被控訴人兼附帯控訴人 株式会社
業種
卸売業・小売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2018年10月04日
判決決定区分
審原告の控訴 一部認容(原判決変更)、一部棄却、一審被告附帯控訴 棄却
事件の概要
XとYとは、平成26年1月6日,期間の定めのない雇用契約を締結した。本件雇用契約において、勤務時間は午前9時から午後6時まで(休憩時間は正午から午後1時まで)、賃金は23万円(平成26年4月16日以降は26万円)とされていた。Xが従事する業務は、本件雇用契約では、事業推進のためのアシスタント兼PRアシスタント業務と定められていたが、実際には、Yの社長の業務及び社長が経営する関連会社の業務全般についてサポートする業務に従事していた。

 Yでは、労働時間をタイムカードにより管理し、Xの給与明細には、時間外、深夜労働時間数が記載され、時間外労働時間数が月80時間を超えた場合や、深夜労働をした場合には、割増賃金が支払われていた。Xは、平成27年5月31日にYを退職した。
本件は、Xが、Yに対し、在職中の未払の時間外労働の割増賃金と深夜労働の割増賃金及び遅延損害金の支払いを求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金の支払いを求めた。原審では、Xの請求は、未払の時間外,深夜割増賃金額は合計8054円とされたため、Xが控訴し、Yが附帯控訴を行った。
主文
1 本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1)Yは,Xに対し,204万7483円並びに別表の「内金」欄記載の各金員に対する,同「年6%の遅延損害金算出の始期」欄記載の各日から同「年6%の遅延損害金算出の終期」欄記載の各日まで年6パーセントの割合による各金員及び同「年14.6%の遅延損害金算出の始期」欄記載の各日から各支払済みまで年14.6パーセントの割合による各金員を支払え。
(2)Yは,Xに対し,102万3741円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(3)Xのその余の請求を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じてYの負担とする。
4 この判決は第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
判決要旨
(1)時間外,深夜労働の有無及びその時間数

 Xが,Y事務所のみならず,これと所在地を異にするRの事務所における業務も担当していたことや,出先に直行したり直帰したりすることもあったことから,そのような場合には,タイムカードに手書きがされる必然性があり,Y事務所のセキュリティ管理上の入退館情報と齟齬する部分があることも不合理とはいえない。また,Yは,タイムカードの内容につき特に修正を加えることもなく,これに基づいてXの給与明細を作成し,そこに記載された時間外労働時間及び深夜労働時間を基準に,Xに対し残業手当や深夜手当を現に支払っていたのであるから,これらの時間数をもってXの実労働時間とすることを承認していたものというべきことも,原判決説示のとおりであって,他に前記判断を覆すに足りる証拠があると認めることはできない。

(2)固定残業代の定めの有無及びその効力

 本件雇用契約は,平成26年1月6日に締結されたところ,その際,YはXに本件雇用契約書を交付し,Xがこれに署名押印した上,Yはその写しを保管した。本件雇用契約書上,賃金については,基本給は23万円とし,基本給のうち8万8000円は月間80時間の時間外勤務に対する割増賃金とする旨が記載されていた。

 1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは,脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり,このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して,基本給のうちの一定額をその対価として定めることは,労働者の健康を損なう危険のあるものであって,大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると,実際には,長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき,通常は,基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。

 本件賃金規程は,基本給のうちの一定額(時間外月額)につき,これが所定労働時間を超えて勤務する見込時間に対する賃金である旨を定めているのであり,この規定ぶりからして,本件固定残業代の定めは,Xにつき少なくとも月間80時間に近い時間外勤務を恒常的に行わせることを予定したものということができる。そればかりでなく,実際にも、本件雇用契約に係る14か月半の期間中に,Xの時間外労働時間数が80時間を超えた月は5か月,うち100時間を超える月が2か月あり,また,時間外労働時間数が1か月に100時間を超えるか,2か月間ないし6か月間のいずれかの期間にわたって,1か月当たり80時間を超える状況も少なからず生じていたことが認められるのであって,このような現実の勤務状況は,Xにつき上記のとおり月間80時間に近い長時間労働を恒常的に行わせることが予定されていたことを裏付けるものである。

 以上によれば,本件固定残業代の定めは,労働者の健康を損なう危険のあるものであり,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当であり,この結論を左右するに足りる特段の事情は見当たらない。

(3)時間外,深夜割増賃金算定の基礎となる所定労働時間数,賃金額,時間単価について

 前記に述べたとおり,本件固定残業代の定めが無効であると解するときは,本件雇用契約における基本給(平成26年4月支払分までにつき月額23万円,同年5月以降の支払分につき月額26万円)の全部が時間外,深夜割増賃金算定の基礎となる賃金額であると解することになる。

(4)付加金支払の要否及びその額

 YがXに対し前記のとおり時間外、深夜割増賃金の支払義務を負うことからすれば,Yに対し一定額の付加金の支払を命じることが相当であるものの,他方,Yは,Xが1か月に80時間を超える時間外労働時間をした場合や深夜労働をした場合には,Xに対し,時間外割増賃金ないし深夜割増賃金の支払を行っていたことや,雇用契約において,基本給のうちの一定額を一定時間に相当する時間外労働の割増賃金に当たる部分として定める場合に,当該一定時間の上限をどのように解すべきかについて,明確な判断基準が確立していたとはいい難いこと等の事情を勘案すると,YがXに対して支払うべきと認定された時間外,深夜割増賃金額元本204万7483円の5割に相当する102万3741円をもって付加金額とするのが相当である。 

(5)結論

 Xの本件請求は,未払時間外,深夜割増賃金及びこれに対する遅延損害金請求についてはいずれも理由があり,付加金請求については102万3741円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余を棄却すべきところ,これと異なる原判決は失当であって,Xの本件控訴の一部は理由があるから原判決を前記のとおり変更し,Yの附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
適用法規・条文
労働基準法第37条、賃金支払確保法第6条1項、労働基準法第114条
収録文献(出典)
労働判例1190号5頁
その他特記事項
なし。