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P社ほか1社(固定残業代制度下の残業代等請求)事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
P社ほか1社(固定残業代制度下の残業代等請求)事件
事件番号
平成29年(ワ)第254号
当事者
X1,X2,X3、X4(原告、個人)、M、P(いずれも被告、法人)
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2018年04月18日
判決決定区分
請求一部認容、一部棄却
事件の概要
被告M社および被告P社は、いずれも主にエステティック技術の施術等の美容業を提供する、同一人が代表者に就任している協力関係にある株式会社で、全国に約30店舗を展開している。原告X1〜X4(以下、まとめてXら)は、それぞれ入社時期は異なるが、P社との間で労働契約を締結して、すぐにM社に出向し、その後M社に転籍し、この間、エステシャンとして稼働し、平成28年3月から7月頃にいずれもM社を退職した者である。

 M社の賃金規程(平成23年4月1日時点。なお,平成27年4月1日付で就業規則が改定され,平成28年4月1日付で賃金規程が改定され,平成28年8月1日付けで就業規則が改定されている。)の第3条(諸手当)には、特殊勤務手当3万円((1) 従業員が業務の都合によって休憩時間を規定通りにとれない場合,または清掃や後片付け,あるいは開店準備や閉店締め作業など,通常勤務時間外に通常業務の補足的な仕事を行わなければならない場合を想定して,その休憩時間や労働時間に該当する時間外労働手当として特殊勤務手当を支給する。この手当に該当する時間外労働時間は23時間とする。(2) 総合職においては(店舗営業時間の関係上)深夜勤務が日常的に発生する可能性があり,その深夜勤務手当の加算額相当額を補う目的として支給する。)、技術手当1万円((1)特殊勤務手当の(1)(2)の項に該当する時間外労働手当および深夜勤務手当の加算額の合計額が,特殊勤務手当の支給額を超える場合において,その不足額を補てんする目的のために支給する。この手当に該当する時間外労働は7時間とする。)、役職手当(役職手当は,その役職に該当する従業員に,特殊勤務手当の(1)(2)の項ならびに技術手当の(1)の項に規定された時間外労働時間を超えて時間外労働が生じた場合,その不足した時間外労働手当を補てんする目的で支給される。役職手当で補てんされる時間外労働手当はチーフセラピストの場合10時間,サブマネージャー以上の役職者は15時間とする。)旨の規定が設けられていた。
 M社の上記就業規則及び賃金規程(以下、本件就業規則)は,本店の総務部に備え置かれていたが,各店舗には備え置かれていなかった。本件就業規則は,平成28年8月1日以降(Xらの退職後),M社の各店舗のイントラネットで閲覧できるようになった。)
 M社の従業員は,所定終業時刻に接客業務が終わらない場合,店長に対し,残業の申請を行い,店長がこれを許可すると,当該残業時間が本件残業管理表に記載されていた。M社は,従業員に対し,本件残業管理表に基づいて算出された残業代を「通常時間外手当」として支給していた。
 本件は、X1〜X3らが,M社に対し,労働契約に基づき,時間外労働等に対する未払割増賃金と遅延損害金の支払、労働基準法114条に基づき,未払割増賃金と同額の付加金を、X4が、出向期間中につき出向元であるP社に対し, M社への転籍後は、M社に対し、労働契約に基づき,出向期間中の時間外労働等に対する未払割増賃金と遅延損害金、及び未払割増賃金と同額の付加金の支払を求めた事案である。
主文
1 原告X1

(1) M社は,原告X1に対し,107万7156円及び別紙1−1の2014年6月から2016年5月までの「未払残業代」欄に記載の金員について,各支払日の翌日から平成28年7月20日まで年6%の割合による,同年7月21日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

(2) 被告M社は,原告X1に対し,3万1034円及びこれに対する平成28年7月16日から同月20日まで年6%の割合による,同月21日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

2 原告X2

(1) 被告M社は,原告X2に対し,101万8969円及び別紙1−2の2014年6月から2016年2月までの「未払残業代」欄に記載の金員について,各支払日の翌日から平成28年3月31日まで年6%の割合による,同年4月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

(2) 被告M社は,原告X2に対し,5万2013円及びこれに対する平成28年4月16日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

3 原告X3

(1) 被告M社は,原告X3に対し,122万0791円及び別紙1−3の2014年6月から2016年4月までの「未払残業代」欄に記載の金員について,各支払日の翌日から平成28年5月31日まで年6%の割合による,同年6月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

(2) 被告M社は,原告X3に対し,6万0565円及びこれに対する平成28年6月16日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

4 原告X4

(1) 被告P社は,原告X4に対し,53万4324円及び別紙1−4の2014年6月から2015年3月までの「未払残業代」欄に記載の金員について,各支払日の翌日から平成27年4月30日まで年6%の割合による,同年5月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

(2) 被告P社は,原告X4に対し,1万9335円及びこれに対する平成27年5月16日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

(3) 被告M社は,原告X4に対し,19万6414円及び別紙1−4の2015年5月から2016年2月までの「未払残業代」欄に記載の金員について,各支払日の翌日から平成28年3月31日まで年6%の割合による,同年4月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

(4) 被告M社は,原告X4に対し,2万5291円及びこれに対する平成28年4月16日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

5 Xらのその余の請求をいずれも棄却する。

6 訴訟費用は,原告X1に生じた費用の10分の1は原告X1の負担とし,原告X2に生じた費用の10分の1は原告X2の負担とし,原告X3に生じた費用の10分の1は原告X3の負担とし,その余を被告M社の負担とし,原告X4に生じた費用の10分の1は原告X4の負担とし,100分の63は被告P社の負担とし,その余を被告M社の負担とする。

7 この判決は,第1項から第4項までにつき,仮に執行することができる。
判決要旨
1)就業規則の周知性について

 本件就業規則を各店舗に備え置いていなかった理由について,被告ら代表者は,労基法89条は,「常時10人以上の労働者を使用する使用者は」一定事項について「就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない」と規定しているが,常時10人以上の労働者を使用しているのは被告M社本店のみであったことから,被告M社本店にのみ本件就業規則を備え置けばよく,各店舗に備え置く必要はないと誤解したことによると説明している(同35頁及び36頁)。確かに,常時10人未満の労働者しか使用しない事業場においては,就業規則の作成義務はないものの,就業規則を作成することもでき,作成された就業規則について,労働契約の内容を規律する(契約規律効が生じる)ためには,当該就業規則が事業場の規則として,実質的に周知されていることが必要である(労契法7条)。そもそも,各店舗に就業規則を備え置く必要がないという被告ら代表者の上記認識に照らせば,被告ら代表者において,各店舗に本件就業規則を備え置いているものと実質的に評価できる程度に,本件取扱いを周知させなければならないとの認識を有していたとは考え難く,各店舗に備え置くよりも迂遠な方法である,本件取扱いを周知させるように口頭で説明していたという被告ら代表者の上記供述は採用することができない。

 以上に加え,Xらは,本件就業規則の存在を知らず,店長から本件取扱いについて説明を受けたことはない旨供述していること(Xら本人),実際に,各店舗の従業員から被告M社本店に本件就業規則の閲覧の申出がなされ,本件取扱いに従って,本件就業規則を各店舗に郵送するなどの方法で閲覧の用に供された事例が見当たらないことを踏まえれば,被告らの全店舗において,本件取扱いを現実に運用することで,実質的に見て事業場の労働者集団に対して,本件就業規則の内容を知りうる状態に置いていたものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,本件取扱いによって,本件就業規則を周知しているとの被告らの主張は採用することができない。

 Xらは,本件就業規則の存在を知らず,店長から本件取扱いについて説明を受けたことはない旨供述していること,実際に,各店舗の従業員から被告M社本店に本件就業規則の閲覧の申出がなされ,本件取扱いに従って,本件就業規則を各店舗に郵送するなどの方法で閲覧の用に供された事例が見当たらないことを踏まえれば,被告らの全店舗において,本件取扱いを現実に運用することで,実質的に見て事業場の労働者集団に対して,本件就業規則の内容を知りうる状態に置いていたものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,本件取扱いによって,本件就業規則を周知しているとの被告らの主張は採用することができない。

 以上のとおり,本件固定残業代の規定が,Xらと被告らとの間の労働契約の内容となっていたものと認めることはできないから,本件固定残業代の有効性について検討するまでもなく,被告らの主張は採用することができない。

(2)割増賃金の計算について

 本件固定残業代の支払は割増賃金に対する支払とは認められず,Xらに支給された賃金から本件業績給等及び本件住宅手当を控除したものが割増賃金算定の基礎賃金となる。そして,Xらの実労働時間が,別紙5の1から4までの「時間計算書」のとおりであり,Xらの平成26年及び平成27年の月平均所定労働時間が173.90時間,平成28年の月平均所定労働時間が174.28時間であり,被告らは通常残業代として,別紙5の1から3までの各「割増賃金計算書」の「加算・控除★」欄の金額及び別紙5の4の「既払金」欄の金額を支払っているから,被告らが原告X1,同X2及び同X3に支払うべき割増賃金はこれを控除した金額である別紙5の1から3の「割増賃金計算書」の各「支給対象月」の各「合計」欄に記載の額となり,原告X4に支払うべき金額は,別紙5の4の「集計表」の[未払残業代」欄に記載の額となる。

(3)消滅時効の成否について

 民法153条の催告とは,債務者に対し履行を求める債権者の意思の通知であり,当該債権を特定して行うことが必要であると解されるところ,Xらが加入した労働組合のよる本件通知には,「5.賃金の未払いについて (1)早出,休憩未取得,残業,休日出勤等に対して,未払いである賃金を支払うこと。」との記載があり,未払賃金の履行を請求する意思があることは明らかである。また,賃金債権の消滅時効期間が2年間である(労基法115条)という債権の性質に加え,本件通知には,「1.資料提出について (1)(略),(2)過去2年間分の労働時間記録(タイムスタンプのデータ及び残業申請書等),給与明細書のコピーを書面にて提出すること。」との記載があることからすれば,Xらは,被告らに対し,Xらの在籍期間のうち,少なくとも本件通知から遡って過去2年間の時間外労働等に対する未払割増賃金の請求をしているものと認められる。したがって,本件通知は,民法153条の催告に当たり,Xらは本件通知後,6か月以内である平成29年1月6日に本件訴えを提起しているから,これにより,被告らが主張する消滅時効は中断している。
適用法規・条文
民法第153条、労働基準法第37条1項、第89条、第115条、労働契約法第7条、賃金の支払の確保等に関する法律第6条1項
収録文献(出典)
労働判例1190号39頁
その他特記事項
なし。