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M社(損害賠償等請求)控訴事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
M社(損害賠償等請求)控訴事件
事件番号
東京高裁 平成29年(ネ)第1842号
当事者
控訴人兼被控訴人…個人、被控訴人兼控訴人…企業
業種
運輸業、郵便業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2019年02月20日
判決決定区分
原告側控訴:一部認容、一部棄却、被告側控訴:棄却
事件の概要
 Y社(1審被告)の契約社員として有期労働契約を締結し、C内の売店で販売業務に従事してきたX1~X4(1審原告、以下まとめて「Xら」)が、無期労働契約を締結しているY社の正社員がXらと同一内容の業務に従事しているにもかかわらず、本給および資格手当、住宅手当、賞与、退職金、褒賞、早出残業手の労働条件においてXらと差異があることが、労働契約法20条に違反しかつ公序良俗に反すると主張して、不法行為または債務不履行に基づき、差額賃金相当額等を請求した事案である。(詳細は1審〈東京地裁判決平成29年3月23日〉の事実の概要を参照のこと)
 1審(東京地裁 判決2017年3月23日)は、Xらの請求のうち、早出残業手当の割増率の差異(正社員は27~35%、契約社員は25%)は労働契約法20条にいう不合理な労働条件に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償請求を認容し、その余の請求を退けたため、Xら、Yの双方が控訴した。
 Xらは、控訴審において、選択的に、有期労働契約に基づき、上記と同額の金員の支払いを求める(以下、この請求を「本件差額賃金請求」という。)訴えを追加(訴えの追加的変更)したほか、1審原告X1においては、請求する差額又は差額に相当する損害金の発生する時期を平成30年4月20日までとし、控訴人X2においては、本給の計算に誤りがあったとして、それぞれ請求を拡張する訴えの変更をした。
主文
1 第1審原告X1の控訴並びに当審における拡張請求及び追加された選択的請求について
(1) 原判決中第1審原告X1に関する部分を次のとおり変更する。
(2) 第1審被告は、第1審原告X1に対し、66万3793円及びうち別紙「第1審原告X1の差額一覧」における「合計」欄記載の各金員に対する「年月日」欄記載の各日から、うち6万0344円に対する平成26年5月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 第1審原告X1のその余の請求をいずれも棄却する。
2 控訴人X2の控訴並びに当審における拡張請求及び追加された選択的請求並びに控訴人X3の控訴及び当審において追加された選択的請求について
(1) 原判決中控訴人X2及び控訴人X3に関する部分を次のとおり変更する。
(2) 第1審被告は、控訴人X2に対し、87万8783円及びうち別紙「控訴人X2の差額一覧」記載の各金員に対する各日から、うち49万8094円に対する平成27年4月7日から、うち7万9889円に対する平成26年5月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 第1審被告は、控訴人X3に対し、67万1935円及びうち別紙「控訴人X3の差額一覧」記載の各金員に対する各日から、うち45万0450円に対する平成26年4月7日から、うち6万1085円に対する同年5月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 控訴人X2及び控訴人X3のその余の請求をいずれも棄却する。
3 控訴人X4の控訴及び当審において追加された選択的請求について
控訴人X4の控訴及び当審において追加された選択的請求をいずれも棄却する。
4 第1審被告の控訴について
第1審被告の控訴を棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じて、第1審原告X1と第1審被告との間に生じた部分はこれを25分し、その24を第1審原告X1の負担とし、その余を第1審被告の負担とし、控訴人X2及び控訴人X3と第1審被告との間に生じた部分はこれを50分し、その47を控訴人X2及び控訴人X3の負担とし、その余を第1審被告の負担とし、控訴人X4と第1審被告との間に生じた部分はこれを全て控訴人X4の負担とする。
判決要旨
(1)労働契約法20条が比較対象とする無期契約労働者を具体的にどの範囲の者とするかについては、その労働条件の相違が、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容および配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められると主張する無期契約労働者において特定して主張すべきものである。
(2)有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから、当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が、当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が、それぞれ主張立証責任を負うものと解される。
(3)労働者の賃金に関する労働条件は、労働者の職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下、併せて「職務内容及び変更範囲」という。)により一義的に定まるものではなく、使用者は、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができ、また、労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、基本的には、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできるのであって、労働契約法20条にいう「その他の事情」は、労働者の職務内容および変更範囲ならびにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである(長澤運輸事件 最高裁2小 平成30年6月1日判決 労働判例1179号34頁)
(4)本件で比較対象とされる売店業務に従事している正社員と契約社員Bとの間で、職務内容及び変更範囲に関しては売店業務以外の業務への配置転換の可能性はないという相違が認められ、売店業務に従事する正社員と比べて、Xらの本給は、72.6%~74.7%と一概に低いとはいえず、契約社員Bには正社員と異なり、皆勤手当および早番手当が支給され、各登用制度を利用することによって解消することができる機会も与えられていること、くわえて本件で比較対象とされる売店業務に従事している正社員は、平成12年10月の関連会社再編によって転籍してきた者が一定程度の割合を占め賃金の水準を一方的に切り下げたりすることはできなかったものと考えられ、上記事情に照らしてやむを得ないものというべきであって、労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえない。
 また、資格手当は、正社員の職務グループ(マネージャー職、リーダー職及びスタッフ職)における各資格に応じて支給されるものであるところ、契約社員Bはその従事する業務の内容に照らして正社員と同様の資格を設けることは困難であると認められるから、これに相当する手当が支給されなくともやむを得ない。
(5)Y社において売店業務に従事している正社員は、扶養家族の有無によって異なる額の住宅手当を支給されるのに対し、契約社員Bは、扶養家族の有無にかかわらず、住宅手当を支給されないが、この住宅手当は、従業員が実際に住宅費を負担しているか否かを問わずに支給されることからすれば、職務内容等を離れて従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであり、その手当の名称や扶養家族の有無によって異なる額が支給されることに照らせば、主として従業員の住宅費を中心とした生活費を補助する趣旨で支給されるものと解するのが相当であるところ、生活費補助の必要性は職務の内容等によって差異が生ずるものではないし、Y社においては、正社員であっても転居を必然的に伴う配置転換は想定されていないのであるとして、住宅手当の相違は、不合理であると評価することができる。
(6)Y社では、売店業務に従事している正社員は、毎年夏季と冬季に賞与が支給されることになっており、平成25~29年度までの平均支給実績としては本給の2か月分に17万6000円を加算した額の賞与が支給されたのに対し、契約社員Bは、毎年夏季と冬季に各12万円の賞与が支給されていたところ、従業員の年間賃金のうち賞与として支払う部分を設けるか、いかなる割合を賞与とするかは使用者にその経営判断に基づく一定の裁量が認められるものというべきであり、1審被告において経費の削減が求められていることがうかがわれ、Xらが比較対象とする正社員については、上記の経緯から他の正社員と同一に遇されていることにも理由があることも考慮すれば、契約社員Bに対する賞与の支給額が正社員に対する上記平均支給実績と比較して相当低額に抑えられていることは否定することができないものの、その相違が直ちに不合理であると評価することはできない。
(7)Y社では、売店業務に従事している正社員には、勤続年数等に応じて退職金規程に基づく退職金が支給されるのに対し、契約社員Bには退職金制度がないところ、労使間の交渉や経営判断の尊重を考慮に入れても、Xらのような長期間勤務を継続した契約社員Bにも全く退職金の支給を認めないという点において不合理であると評価することができる。Xらが有期労働契約であるとはいえ、反復更新によって、相当の長期間の勤続となっていることなどから、売店業務に従事する正社員が同等の勤続年数だった場合の4分の1相当額に限り請求を認容する。
(8)Y社において、売店業務に従事している正社員は、勤続10年に表彰状と3万円が、定年退職時に感謝状と記念品(5万円相当)がそれぞれ贈られるが、契約社員Bは、これらは一切支給されないところ、Y社の褒賞取扱要領によれば、褒賞は、「業務上特に顕著な功績があった社員に対して褒賞を行う」と定められていることが認められるが、実際には勤続10年に達した正社員には一律に表彰状と3万円が贈られるなど上記要件は形骸化しており、業務の内容にかかわらず一定期間勤続した従業員に対する褒賞ということになっていることから、褒賞に係る労働条件の相違は、不合理であると評価することができる。
(9)売店業務に従事している正社員は、所定労働時間を超えて労働した場合、初めの2時間については割増率が2割7分であり、これを超える時間については割増率が3割5分であるのに対し、契約社員Bは、1日8時間を超えて労働した場合、割増率は労働時間の長短にかかわらず一律2割5分であるところ、時間外労働の抑制という観点から有期契約労働者と無期契約労働者とで割増率に相違を設けるべき理由はないことから、その相違は、不合理であると評価することができる。
適用法規・条文
労働契約法20条、民法709条
収録文献(出典)
労働判例1198号5頁
その他特記事項
本件は上告された。