判例データベース
学校法人K大学(損害賠償請求)事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- 学校法人K大学(損害賠償請求)事件
- 事件番号
- 大阪地裁 平成28年(ワ)第9859号
- 当事者
- 原告…個人、被告…学校法人
- 業種
- 教育、学習支援業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2019年04月24日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- 原告X(男性)は、平成24年4月1日に、被告Y法人との間で期間の定めのない労働契約を締結し、Y法人のA学部の講師として勤務している。Xは、平成27年11月1日から28年7月31日までの9か月間、育児休業を取得したところ、Y法人に対し、Y法人が、(1)Xが育児休業をした平成28年度にXを昇給させなかったこと、(2)Xを採用する際に採用前のXの経歴の一部を減年するなどして換算した基準年齢から初任給を決定したところ、勤続5年経過時に上記減年部分等の再調整措置(以下「減年調整」という。)を実施すべきであったのに、これを実施しなかったこと、(3)Xが育児休業をしたことを理由に一度支給した増担手当の返還を求めたり、Xの育児休業給付金の支給申請手続を不当に遅滞させたりするなどの対応をしたことが、いずれも違法でありXに対する不法行為となる旨主張して、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。Xは、Y法人に対し、(1)(2)に係る損害として、平成28年度の昇給及び勤続5年経過時の減年調整がそれぞれ実施されていた場合に、育児休業後の平成28年8月から平成30年3月までの間にXに対し支給されるべきであった賃金及び賞与の額と、現実の支給額との差額並びにこれらに対する遅延損害金、(1)から(3)に係る損害として、慰謝料及び弁護士費用の合計60万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。
- 主文
- 1 被告は、原告に対し、平成28年8月から平成29年3月まで、毎月24日限り1万5700円及びこれらに対する各支払日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、平成29年4月から平成30年3月まで、毎月24日限り1万5700円及びこれらに対する各支払日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、14万1636円及びうち4万0685円に対する平成28年12月9日から、うち3万9093円に対する平成29年6月9日から、うち6万1858円に対する同年12月8日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、5万円及びこれに対する平成29年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
7 この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 平成28年度に昇給させなかったことが、Xに対する不法行為となるか
Y法人は、給与規程12条に基づく定期昇給として、毎年4月1日に、前年度の12か月間(前年4月1日から当年3月31日まで)勤務した職員に対し、給与規程14条の昇給停止事由がない限り一律に1号俸の昇給を実施していること、旧育休規程8条は、育児休業期間は上記勤務期間に含めないものとしていたところ、Xは、平成28年4月1日時点で、前年度のうち平成27年11月1日から平成28年3月31日までの期間において本件育児休業をしていたことから、旧育休規程8条を適用され、要件を満たさなかったため、昇給が実施されなかったことからすると、Xは、本件育児休業をせずに平成27年度に勤務を継続していれば与えられたであろう定期昇給の機会を、本件育児休業をしたために与えられなかったということができる。
ところで、労働基準法及び育児介護休業法は、事業主に対し、育児休業期間を出勤として取り扱うべきことまでも義務付けているわけではない。したがって、育児休業をした労働者について、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは、原則として労使間の合意に委ねられているというべきである(最高裁 平成15年12月4日 第一小法廷判決・裁判集民事212号87頁参照)。
以上によれば、旧育休規程8条が、育児休業期間を勤務期間に含めないものとしているからといって、直ちに育児介護休業法10条が禁止する「不利益な取扱い」に該当するとまでいうことはできない。
しかしながら給与規程12条に基づく定期昇給は、昇給停止事由がない限り在籍年数の経過に基づき一律に実施されるものであって、いわゆる年功賃金的な考え方を原則としたものと認めるのが相当である。しかるに、旧育休規程8条は、昇給基準日(通常毎年4月1日)前の1年間のうち一部でも育児休業をした職員に対し、残りの期間の就労状況如何にかかわらず当該年度に係る昇給の機会を一切与えないというものであり、これは定期昇給の上記趣旨とは整合しないといわざるを得ない。そして、この点に加えて、かかる昇給不実施による不利益は、上記した年功賃金的なY法人の昇給制度においては将来的にも昇給の遅れとして継続し、その程度が増大する性質を有することをも併せ鑑みると、少なくとも、定期昇給日の前年度のうち一部の期間のみ育児休業をした職員に対し、旧育休規程8条及び給与規程12条をそのまま適用して定期昇給させないこととする取扱いは、当該職員に対し、育児休業をしたことを理由に、当該休業期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであって、育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当すると解するのが相当である。
そうすると、Y法人が、平成27年11月1日から平成28年3月31日までの間に育児休業をしていたXについて、旧育休規程8条及び給与規程12条を適用して定期昇給の措置をとらなかったことは、育児介護休業法10条に違反するというべきである。
2 Y法人が平成29年4月1日にXに対し減年調整を実施しなかったことが、Xに対する不法行為となるか
Y法人は、職員を中途採用する場合、当該職員の経歴(前歴)を一定の基準に基づいて換算して初任給を決定している(給与規程6条、14条)が、初任給決定時に前歴を減年換算された職員が採用後一定期間勤務した場合には、減年換算部分を一定の割合で回復させて、昇給させる措置を実施している(減年調整)
Y法人は、昭和62年4月1日、本件実施要項を作成し(平成5年4月1日及び平成14年4月1日に改定)、以後、基本的に本件実施要項に基づいて一律に減年調整を実施しているが、 本件実施要項は、Y法人が職員に公開している人事規程集には含まれておらず、本件組合はその写しを所持しているが、Y法人から一般の職員に対しては公開されていない。
本件実施要項2項は、減年調整を行うに当たっては「本人の本学への就任前の状況、就任時の事情、職種変更の事情等を勘案」する旨、本件実施要項3項ただし書は、Y法人が特に認めた前歴を減年調整の対象とする旨、それぞれ規定し、これらはY法人の裁量判断の余地を認める文言となっていること等が認められ、これらの事実に鑑みると、減年調整を実施するか否かや、その内容については、Y法人に一定の裁量があると認めるのが相当であり、かかる性質を有する減年調整については、Y法人と職員との間の労働契約の内容となっていて、職員がY法人に対してその実施を求める労働契約上の権利を有するとは認められない。
Y法人は、基本的に本件実施要項に基づいて一律に減年調整を実施しているところ、育児休業をした職員については当該期間の2分の1のみを勤続年数に算入することとしているから、Xについては、本件育児休業をしたことにより、平成29年4月1日には減年調整が実施されなかったということができる。この点、労働基準法及び育児介護休業法は、事業主に対し、育児休業により不就労であった期間について、これを出勤したものとして取り扱うことまでを義務付けてはいないことに鑑みると、上記のとおり育児休業期間のうち2分の1を勤続期間に算入して、特別昇給としての減年調整を実施することは、育児休業をした者に対しても一定の配慮をしながら、現に勤務をした者との間で調整を図るものとして一定の合理性を有しているというべきであって、Y法人の上記取扱いに裁量権の逸脱又は濫用があったとは認められない。
3 増担手当の返還請求、育児休業給付金の支給申請手続の遅滞等が、Xに対する不法行為となるか
Y法人は、Xに対し、本件育児休業により平成27年度後期の担当授業時間が0時間になり、通年で担当授業時間が責任時間に満たなくなったとして、同年度前期に支給した増担手当の返還を求めたが、Xは同請求に応じなかった。増担手当の支給要件の有無を通年での平均担当授業時間を踏まえて判断し、事後的に支給要件を満たさなくなった場合に支給済みの増担手当の返還を求めるというY法人の運用が、直ちに不合理であるということはできない。しかしながら、本件のように、年度の一部の期間について育児休業をした場合に、その期間の担当授業時間を0時間として、これと、現に勤務して担当した授業時間とを通年で平均することは、育児休業をしたことにより、育児休業をせずに勤務した実績までをも減殺する効果を有するものであるというべきである。そうすると、かかる取扱いは、育児休業をした者に対し、育児休業をしたことを理由に、当該休業期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであると解されるから、Y法人の上記取扱いは、育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当するというべきである。以上によれば、Y法人のXに対する増担手当の返還請求は、同条に違反し認められないと解するのが相当である。しかし、XはY法人からの上記返還請求に応じていないのであるから、Xに損害が生じたということはできず、Xに対する不法行為が成立するということはできない。
Y法人の人事部給与課の担当者(以下「本件担当者」という。)は、Xに対し、当初は育児休業給付の実施時期について正確に告知しながら、その翌日である平成27年11月14日付けのメールにおいて、本件育児休業に係る「育児休業開始日から4か月を経過する日の属する月の末日」について誤った解釈をして、本件申請手続の実施時期を本来よりも1か月遅らせる旨通知したことが認められ、この点で本件担当者がXに対し不適切な対応をしたこと自体は否定できない。しかしながら、本件担当者の上記対応は、上記のとおり誤解に基づくものであって、故意に誤った事務処理をしようとしたことを認めるに足りる的確な証拠は認められず、また、Xからの指摘があったとはいえ、本件担当者は、同指摘を踏まえて適切な時期に本件申請手続を行ったというのであるから、本件担当者の対応が、不法行為法上違法であったとまで評価することはできない。
Xは、Y法人が、Xに対し、増担手当の返還を請求したほか互助会費や社会保険料等に係る立替金を請求し一方で、上記のとおり本件申請を遅らせる旨通知した点が不当である旨主張するが、Xは増担手当を返還していない上、上記立替金の請求自体は正当な権利の行使であったと認めるのが相当であるから、これらの点によって本件担当者の上記対応が違法になるということはできない。
4 Xに係る損害の有無及びその額
上記1ないし3で説示したとおり、Y法人が、Xに対し、平成28年度の昇給を実施しなかったことは違法であって、Xに対する不法行為に当たると認められるが、X主張に係るその他の不法行為の成立は認められない。Xについて、平成28年度に昇給が実施されなかったことが違法であることに照らすと、Xの本俸は、平成28年4月1日をもって定期昇給がなされたことを前提とした号俸、すなわち、平成28年度は3級16号、平成29年度は3級17号とされるべきであったということができる。
Xの賃金及び賞与については、以下のとおり、本来支給されるべきであった金額と現実の支給額との間に差が生じており、平成28年8月から平成29年3月までの毎月24日限り賃金の差額合計(損害)1万5700円、平成29年4月から平成30年3月までの毎月24日限り賃金の差額1万5700円、賞与(平成28年12月9日(年末手当)の差額(損害)4万0686円、平成29年6月9日(夏期手当)の 差額(損害)3万9093円、平成29年12月8日(年末手当)差額(損害)6万1858円)これらの差額をもってXが被った損害であると認めるのが相当である。
Xは、Y法人に対し、Y法人の不法行為により精神的苦痛を受けた旨を主張し、慰謝料も請求する。しかしながら、Xは、本件で違法性が認められる平成28年度の昇給の不実施の点について、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するのであって、これによってXに生じた財産的損害の填補が図られるというべきであって、同填補によってもなお賄いきれない法的保護に値する精神的苦痛がXに発生したとは認められない。したがって、Xに係る上記慰謝料請求については理由がないというべきである。
本件事案の性質及びその内容、審理の経過、認容額等に鑑みれば、弁護士費用として、5万円をXの損害と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 育児介護休業法10条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1202号39頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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