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S県水産振興協会(配転命令無効確認等・損害賠償請求)事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- S県水産振興協会(配転命令無効確認等・損害賠償請求)事件
- 事件番号
- 第1事件…松江地裁 平成28年(ワ)第3号、第2事件…松江地裁 平成28年(ワ)第58号
- 当事者
- 第1事件原告…個人、第2事件原告…個人
第1事件・第2事件被告…公益社団法人 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2018年06月25日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- 第1事件原告X1は、大学卒業後、平成6年9月、漁場開発のための調査及び稚魚の管理を担当する職員として被告Y法人に採用され、以後、事務局において、平成16年から業務係長、平成26年4月から業務課長として勤務していた。第2事件原告X2は、平成7年4月1日、Y法人に採用され、以後、事務局において、庶務、経理、広報等の業務を行っており平成26年4月から管理課庶務経理係長として勤務していた。X1とX2(以下、まとめて呼ぶときには「Xら」という)は、遅くとも平成22年2月頃から内縁関係にあり、平成24年○月○日に第一子が誕生した。
Y法人は、平成27年10月1日、X1に対し、栽培漁業センター勤務を命じ、同センター生産課長に補する旨の辞令書を交付した。X1は、同月6日以降、うつ状態(適応障害)と診断され、同月30日以降うつ病と診断されている。その後、Y法人は、同年12月24日、X1に対し、平成28年1月1日から同年3月31日までの休職を命じ、その後も、休職が継続している。X2は、平成27年10月20日以降、うつ状態と診断されている。
第1事件は、X1が、Y法人に対し、Y法人がX1に対し平成27年10月1日付けでした配転命令(以下「本件配転命令」という。)は違法で、無効であるとして、配転先で勤務する義務がないことの確認を求めるとともに、本件配転命令に従わないことなどを理由に違法不当な扱いを受け、精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき、損害金(附帯請求は不法行為後の日を起算日とする民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求める事案である。第2事件は、X2が、Y法人に対し、内縁関係にあるX1が本件配転命令に従わないことなどを理由に違法不当な扱いを受け、精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき、損害金(附帯請求は前同様)の支払を求める事案である。 - 主文
- 1 第1事件原告の請求をいずれも棄却する。
2 被告は、第2事件原告に対し、55万円及びこれに対する平成28年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 第2事件原告のその余の請求を棄却する。
4 第1事件原告と被告との間の訴訟費用は、第1事件原告の負担とし、第2事件原告と被告との間の訴訟費用は、これを6分し、その1を被告の負担とし、その余を第2事件原告の負担とする。
5 この判決は、2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件配転命令の効力
使用者は業務上の必要性に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。(最高裁 昭和61年7月14日 第二小法廷判決・集民148号281頁参照)
本件配転命令の業務上の必要性について、栽培漁業の推進等を主たる目的とするY法人において、栽培漁業センターが担う役割が重要であることは明らかであり、業務内容に関連性があること、平成27年当時、栽培漁業センターでは、その開設当初から行われていた県職員の派遣が終了し、以後、Y法人が自力で安定的な生産を目指さなければならないという、いわば節目の時期にあったこと、栽培漁業センターの職員は、平成27年当時、いずれも採用5年未満で、指導的立場に立てる者がいなかったこと、これに対し、X1は、大学農学部栽培漁業学科を卒業していて、平成27年当時、勤続20年を超えるY法人のベテラン職員であり、課長職に就いていたこと、事務局には、X1と同程度の経験年数を有する者は、庶務、経理、広報等を担当していたX2しかいなかったことが事情として挙げられる。これらの事情からすれば、Y法人が、栽培漁業センターに、技術指導や職員らに対する指導ができる者を配置しようと考えた上、同センターへの赴任が、X1の知識と経験を広めさせることになるし、他に適任者もいないとして、X1を人選したことは、業務上の必要性に基づく合理的な判断であったと認められる。
X1は、本件配転命令は、漁業協同組合Z(以下「漁協」という。)の代表者であるAが、Xらが内縁関係にあることを理由に会費を支払わないことから、Y法人が、その意向を忖度し、内縁関係にある原告らの職場を変えるために行ったもので、不当な動機、目的によるものであると主張する。
しかし、Xらに伝えることが想定されていなかったと推認される本件理事会では、Aの発言とは無関係に異動の問題を考えるべきこと、Xらが同じ職場で上司と部下といった関係にあり、かつ、X2が長期間にわたって多額の資金を扱い続けていることから、現状に問題があること、X1を栽培漁業センターへ異動させることは、本人のためになる上、Y法人の組織強化になることなどが意見交換されていたと認められるし、B(平成23年6月から平成27年6月12日までは専務理事、同月13日からは参与)らも、内示に先立ち、同意見交換に沿った内容で本件配転命令の意義等について説明していたことが認められるから、本件配転命令は、の業務上の必要性を踏まえた合理的な判断によりされたものであると推認される。そして、これらと異なる動機、目的によって、Y法人が、本件配転命令を決したと認めるに足りる証拠はない。
また、X1は、本件配転命令によりX1が栽培漁業センターへ異動すると、Xらが同居できなくなるから、このような通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を課す本件配転命令は許されない旨主張する。
しかし、栽培漁業センターは、離島に所在しているが、事務局と同じ島根県内にあり、交通が至便とはいえないものの、往来に過度の負担を課すものではない。また、Y法人が、その組織として事務局と栽培漁業センターを有しており、同センターにより多くの人員が配置されていること、就業規則上、転勤を予定した定めがある。そして、本件配転命令後、X1を再び事務局に配転しないなど、原告らが退職まで再び同居できなくなるのであれば格別、Y法人は、本件配転命令を打診した当初から、X1に対し、2ないし3年を目途とした赴任を打診していることといった事情も認められる。これらの事情からすれば、X1における栽培漁業センターへの異動が、通常甘受すべき程度を著しく超えるものと認めることはできない。かえって、事務局と栽培漁業センターという2つの事業所の運営をしているY法人に勤務している以上、X1として、栽培漁業センターへの異動があり得ることは予想できなかったことではないと認められる。
以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性に基づくものであって、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとか、X1に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるといった特段の事情があると認められないものであるから、有効と認められる。
2 BらがX2にした言動の違法性について
Y法人においては、平成27年10月以降、X2の就労環境を悪化させる様々な出来事があったと認められる。具体的には、栽培漁業センターから事務局に着任したCの歓迎会が開催されたのに、X2に開催を伝えず、参加させなかったこと、X2において、子の父親につき真実を述べなければならない就業規則上の義務があるわけでないのに、B(平成23年6月から平成27年6月12日までは専務理事、同月13日からは参与)が、X2が重大な就業規則違反をしたと告げたこと、Bが、X2の実家を訪問し、Xらの内縁関係について詮索し、Xらへの働きかけを期待するような言動をした上、訪問の事実をX2に秘すよう求めたこと、忘年会にX2が参加すると知るとX2に知らせずに日程変更をし、参加させなかったこと、他の職員に対し、X2と直接仕事の話をしないよう指示したこと、Bが、X2に対し、家庭の事情等と関係なく異動を決めると告げたこと、各職員への配布を予定して作成したETCカードにつき、X2にのみ交付しないこと、Bが、X2に対してのみ、常に呼び捨てか「お前」と呼んだこと、Bが、平成28年2月以降、繰り返し数分から数十分にわたってX2を廊下に出させたこと、平成25年11月から平成29年6月までY法人の代表理事であったDが、28年7月28日、X2を1人で高温の小部屋で勤務させたことがあったと認められる。Y法人ないしBらがした上記の対応は、X2を職場内で孤立させ、X2に対して適切さを欠く通告をし、X2のプライバシーや自尊心を損ねるものであり、その就労環境を悪化させるものであったといえ、X2の供述によれば、これらの対応によってX2が相当程度の精神的・肉体的苦痛を被ったことが認められる。そして、これらの対応につき、Y法人に正当な理由があったと認められないことは後で説示するとおりである。したがって、Y法人には、X2に対し、不法行為に基づく損害賠償義務がある。
また、X2は、平成27年12月の賞与が従前より減額され、平成28年4月期の昇給がなかったことが違法である旨主張する。しかし、X2が、理事らが職員の人事について協議している秘密情報を当該職員(X1)に伝え、その内容を反訳した文書を交付したという就業規則に反する行為をしたこと、賞与の支給や昇給が、当該職員の勤務状況等を踏まえたY法人の会長による合理的な裁量判断に基づき決定されるものであることからすれば、Y法人の対応に裁量権を逸脱濫用した違法があったとまで認めることはできない。
3 X2の損害について
Y法人のX2に対する不法行為について、上記認定説示したような一連の事情、とりわけ、同行為が、断続的とはいえ、半年間以上にわたって行われていること、少人数の職場の中で孤立させられたことによる精神的苦痛は大きかったと思われること、現に、X2が、うつ状態と診断されたり、脱水症等で診療を受けたりした経緯があることなどを含めた事情を総合考慮すると、同不法行為によりX2が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、50万円に相当すると認められる。また、その請求に係る弁護士費用5万円も、相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法90条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例ジャーナル79号8頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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広島高裁 松江支部 平成30年(ネ)第43号、広島高裁 松江支部 平成30年(ネ)第47号 | 原判決を変更。控訴人の確認請求及び損害賠償請求を一部認容、一部棄却 | 2019年09月04日 |