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K惣菜(地位確認等請求)事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格退職・定年制(男女間格差)
- 事件名
- K惣菜(地位確認等請求)事件
- 事件番号
- 福岡地裁 小倉支部 平成27年(ワ)第265号
- 当事者
- 原告…個人、被告…企業
- 業種
- 卸売業、小売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年10月27日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告Y社は、スーパーマーケット等での惣菜類の製造販売を主たる業とし、原告Xは、Y社と昭和48年3月、期間の定めのない労働契約を締結した。Xは、本社で給与計算や決算業務、棚卸表入力等の事務を担当し、平成27年3月31日に定年を迎えた。定年前のXの賃金は月額33万5500円であった。
Y社では高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」という。)9条1項2号の継続雇用制度を導入しており、以前は「継続雇用選定基準等に関する協定書」の基準を満たした者を再雇用していたが、平成25年4月に上記協定書は廃止されている。Y社では、定年後の再雇用に際しY社が提示する労働条件は正社員時の労働条件と異なる場合があり、提示した労働条件に合意した場合に雇用契約書を交わして再雇用するものとしていた。
Xは、Y社に、定年後の再雇用を希望したところ、Y社は当初、時給900円、1日6時間、週3日勤務を提案した。Xがフルタイム勤務を希望したため、Y社は、雇用保険のみに加入する月12日勤務と、社会保険に加入する月16日勤務(通勤手当あり)とを提案(本件提案)したが、Xは、後者でも月8万6400円に過ぎないとしてこれに応じなかった(Xは社外労組に加入し、Y社と組合との間で2回団交が開催された)。Xは、平成27年3月31日に定年退職となった。
本件は、Xが、Y社に対し、主位的に、定年後もY社との間の雇用契約関係が存在し、定年前賃金の8割相当とする黙示的合意が成立していると主張し、Xが労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、Xが定年退職した日(平成27年3月31日)の翌日から判決確定の日まで退職前の賃金額の8割の賃金の支払を求め、予備的に、Y社が、再雇用契約へ向けた条件提示に際し、賃金が著しく低廉で不合理な労働条件の提示しか行わなかったことは、Xの再雇用の機会を侵害する不法行為を構成する旨主張して、逸失利及び慰謝料と遅延損害金の支払を求めた。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- (1)地位確認請求について
Xは、平成27年3月31日をもってY社を定年退職したものであり、結局のところ再雇用にも至らなかったのであるから、XがY社との間の労働契約上の地位にあると認めることはできない。
(2)労働契約法20条違反等を主張する点について
本件提案は、Xを期間の定めのある労働契約に転換するものであるから、定年前後の労働条件の比較において、労働契約法20条等が問題になるものと考えられ、Xの定年直前の業務内容も、再雇用後のそれと概ね同一であるということができる。
しかし、Xは、かつては人事関係や経理の業務も行い、同じ総務部の中で仕事の変更、増減等があったのに対し、再雇用後は、原則として店舗決算業務のみを行うことになっており、仕事の変更も予定されていなかったことなどに照らすと、担当する業務の範囲にはそれなりに差異が存するということができる。
また、本件提案は、定年前の賃金を時給に換算すると1944円程度であったところ、これを時給900円へと削減するものであるが、Xは同じ部署の部長に次いで賃金が高く、業務量や業務内容、役職等に照らしてみれば、Xの定年前の賃金は、年功序列的色彩が強く、必ずしも担当する業務内容等に即したものとはいい難い。したがって、定年退職を一つの区切りとして、担当する業務に即する形で賃金の見直しを行うことには相応の合理性が存するというべきである。そして、本件提案の時給は、Y社の他の事務職員の賃金を時給に換算した金額と比べると若干低額ではあるものの、Y社におけるパートタイマー従業員の時給に比べれば高額であるし、上記のとおりXの担当する業務内容とY社の他の事務職員の業務内容等とは相違があることなどからすれば、直ちに不合理であるということはできない。
以上のような事情を総合考慮するならば、本件提案における労働条件が、労働契約法20条に反する不合理なものと認めるには至らない。
(3)公序良俗違反等を主張する点について
Xは、本件提案は高年法の趣旨に反するもので、公序良俗に反すると主張する。高年法は、高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的としたもので、65歳未満の定年の定めをしている事業主に対して、65歳までの安定した雇用を確保するための措置として、一定の公法上の義務を課すものであるが(同法9条)、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるものではない。
また、本件提案のようなパートタイムでの再雇用は、Y社においても前例のないものであったが、他方において、定年前にXが担当していた業務については、新たな求人をすることなく、既存の従業員で賄うことができているのであるから、Xの定年前と同一業務での再雇用を確保するために、Xの勤務時間数を減らして提案することも不合理とまではいえない。
Xの定年後の生活状況等や高年法9条の趣旨をも踏まえても、本件提案が、Y社の合理的裁量を逸脱したもので、公序良俗に反するとまでは認められない。
(4)就業規則違反等を主張する点について
Xは、定年後再雇用規程に「再雇用にあたって会社が提示する労働条件は、正社員時の労働内容と異なる場合もある」(4条)とあることから、再雇用契約の労働条件は原則として定年前と同一であると定めていると主張する。しかし、上記の定めから、Xの主張するような原則を直ちに導くことは困難であるし、証拠上、その主張に沿う慣行があったとも認められないのであり、その主張を採用することはできない。
(5)協議をしなかった等と主張する点について
Y社は、Xが再雇用の希望を申し出ると、直ちに第1案を提案し、Xの希望も考慮して本件提案に至った後、2回の団体交渉を重ね、その際、本件提案の理由をそれなりに説明している。その後、結果的に協議は不調に終わったものの、一定の労使交渉が重ねられたと見ることができるのであり、Y社のこれら対応をもって、直ちに不十分・不合理なものであるということはできない。
(6)結論
以上検討したところからすれば、本件提案が不合理なものとまでは認め難く、他にXの主張を裏付ける的確な主張立証も存しないから、Y社について不法行為の成立を認めることはできない。
以上によれば、Xの請求はいずれも理由がないから、棄却すべきである。よって、主文のとおり判決する。 - 適用法規・条文
- 高年齢者雇用安定法9条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1167号58頁
- その他特記事項
- 本判決は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
福岡高裁 平成28年(ネ)第911号 | 一部許容、一部棄却 | 2017年09月07日 |