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K惣菜(地位確認等請求)控訴事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格退職・定年制(男女間格差)
- 事件名
- K惣菜(地位確認等請求)控訴事件
- 事件番号
- 福岡高裁 平成28年(ネ)第911号
- 当事者
- 控訴人…個人、被控訴人…企業
- 業種
- 卸売業、小売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2017年09月07日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- Y社(1審被告)は、スーパーマーケット等での惣菜類の製造販売を主たる業とし、X(1審原告)は、Y社と昭和48年3月、期間の定めのない労働契約を締結した。Xは、本社で給与計算や決算業務、棚卸表入力等の事務を担当し、平成27年3月31日に定年を迎えた。定年前のXの賃金は月額33万5500円であった。
Y社では高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」という。)9条1項2号の継続雇用制度を導入しており、以前は「継続雇用選定基準等に関する協定書」の基準を満たした者を再雇用していたが、平成25年4月に上記協定書は廃止されている。Y社では、定年後の再雇用に際しY社が提示する労働条件は正社員時の労働条件と異なる場合があり、提示した労働条件に合意した場合に雇用契約書を交わして再雇用するものとしていた。
Xは、Y社に、定年後の再雇用を希望したところ、Y社は当初、時給900円、1日6時間、週3日勤務を提案した。Xがフルタイム勤務を希望したため、Y社は、雇用保険のみに加入する月12日勤務と、社会保険に加入する月16日勤務(通勤手当あり)とを提案(本件提案)したが、Xは、後者でも月8万6400円に過ぎないとしてこれに応じなかった(Xは社外労組に加入し、Y社と組合との間で2回団交が開催された)。Xは、平成27年3月31日に定年退職となった。
本件は、Xが、Y社に対し、主位的に、定年後もY社との間の雇用契約関係が存在し、定年前賃金の8割相当とする黙示的合意が成立していると主張し、Xが労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、Xが定年退職した日(平成27年3月31日)の翌日から判決確定の日まで退職前の賃金額の8割の賃金の支払を求め、予備的に、Y社が、再雇用契約へ向けた条件提示に際し、賃金が著しく低廉で不合理な労働条件の提示しか行わなかったことは、Xの再雇用の機会を侵害する不法行為を構成する旨主張して、逸失利及び慰謝料と遅延損害金の支払を求めた。
1審(福岡地裁小倉支部 平成28年10月27日判決 労働判例1167号58頁)は、Xは、再雇用に至らず、Y社との間の労働契約上の権利を有する地位にあると認めることはできないし、Y社が提示した労働条件が不合理なものとまでは認め難いとして、Xの請求をいずれも棄却した。Xが控訴。 - 主文
- 1 原判決中控訴人の主位的請求棄却部分に対する本件控訴を棄却する。
2 原判決中控訴人の予備的請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
3 被控訴人は、控訴人に対し、金100万円及びこれに対する平成28年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴人のその余の予備的請求を棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを20分し、その19を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1.Xの予備的請求について一部認容、主位的請求は控訴棄却。
(1)Xに労働契約上の地位が認められるか
Y社が提示した再雇用の労働条件(本件提案)をXが応諾していないから、XとY社との間において、具体的な労働条件を内容とする定年後の労働契約につき、明示的な合意が成立したものと認めることはできない。
Y社の定年後再雇用規程上、就業条件等は個別に定める、再雇用にあたって会社が提示する労働条件は正社員時の労働内容と異なる場合もある、とだけ定められているから、就業規則等により賃金等のXの労働条件が自ずから定まることはない。
高年法9条1項2号の継続雇用制度は、再雇用後の労働条件が定年前と同一であることを要求しているとは解されない。また、交渉経緯等に照らし、フルタイムかパートタイムか及び賃金の額を当事者の合理的意思解釈により決定することは困難である。労働条件の根幹に関わる点について合意がなく、当事者の具体的合意以外の規範、基準等によりこれを確定し難い場合に、これらを捨象した抽象的な労働契約関係の成立を認めることはできないというべきである。
2 Y社の不法行為責任について
(1)労働契約法20条違反を主張する点について
Xは、本件提案が労働契約法20条に反すると主張する。しかしXは、定年退職後、Y社と再雇用契約を締結したわけではないから、本件において、少なくとも直接的には、本条を適用することはできない。
(2)公序良俗違反等を主張する点について
高年法9条1項に基づく高年齢者雇用確保措置を講じる義務は、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるといった私法上の効力を有するものではないものの、その趣旨・内容に鑑みれば、労働契約法制に係る公序の一内容を為しているというべきであるから、同法の趣旨に反する事業主の行為、例えば、再雇用について、極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に違反した違法性を有するものであり、事業主の負う高年齢者雇用確保措置を講じる義務の反射的効果として当該高年齢者が有する、上記措置の合理的運用により65歳までの安定的雇用を享受できるという法的保護に値する利益を侵害する不法行為となり得ると解するべきである。
継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの「安定した」雇用を確保するための措置の一つであり、「当該定年の引上げ」(同1号)及び「当該定年の定めの廃止」(同3号)と単純に並置されており、導入にあたっての条件の相違や優先順位は存しないところ、後二者は、65歳未満における定年の問題そのものを解消する措置であり、当然に労働条件の変更を予定ないし含意するものではないことからすれば、継続雇用制度についても、これらに準じる程度に、当該定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当であり、このように解することが上記趣旨に合致する。
また、有期労働契約者の保護を目的とする労働契約法20条の趣旨に照らしても、再雇用を機に有期労働契約に転換した場合に、有期労働契約に転換したことも事実上影響して再雇用後の労働条件と定年退職前の労働条件との間に不合理な相違が生じることは許されないものと解される。
したがって、例外的に、定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける(あるいは乏しい)労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるためには、同提示を正当化する合理的な理由が存することが必要であると解する。
Xの担当業務量及び店舗減少は大幅なものといいがたく、Xの担当業務を本件提案の内容に限定する必然はなく、法改正からXの定年まで2年以上あり、Xの継続雇用の希望の有無等を確認した上、本社事務職の人員配置及び業務分担の変更等の措置を講じることも可能だったと考えられ、Xが定年時の賃金を基準として再雇用条件が提示されると期待することが想定され、Xの定年時の賃金が年功により担当業務に比べて高額だったというのであれば、予め是正するなどに何らかの方策を執ることが可能、また、望ましいといえることを総合考慮すれば、本件提案の労働時間の減少が真にやむを得ないものとはいえず、月収ベースの賃金の約75パーセント減少につながるような短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由があるとは認められない。慰謝料額は100万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 高年齢者雇用安定法9条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1167号49頁
- その他特記事項
- 本件は上告された(平成30年3月1日上告不受理決定)。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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福岡地裁 小倉支部 平成27年(ワ)第265号 | 棄却 | 2016年10月27日 |