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H社(配転無効確認等請求)事件

事件の分類
配置転換職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
H社(配転無効確認等請求)事件
事件番号
さいたま地裁 平成27年(ワ)第142号
当事者
原告…個人、被告…企業
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2016年10月27日
判決決定区分
一部棄却、一部却下
事件の概要
 本件は、大学院で心理学を専攻し、修了後の平成23年4月に、被告Y社に期間の定めのない正社員として採用され、本社での研修・実習を経て、同年7月にY社のA1事業部総務係(以下「A1総務」)に配属された原告Xが、その後、上司であるI係長およびKらの言動により精神的に苦痛を与えられた上、平成25年10月に、合理的な理由なく、不当な動機・目的によりA2事業部ケータリングサービス課ランドリー班(以下「A2ランドリー班」)に異動させられた(本件異動)と主張して、Y社に対し、A2ランドリー班において勤務する労働契約上の義務を負わないことの確認を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求(500万円)及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。Y社の労働協約および就業規則には業務上の都合により、配置転換等を命ずることがある旨の規定があった。
 採用後、XはI係長の指示により食堂での実習を行い、同年8月中旬ころからA1総務の業務に従事し、平成23年9月頃から出張精算業務を担うようになったが、ミスが減らず、平成24年7月から担当を外された。24年8月頃の個人面談で、I係長は、Xに対し「Xさんのやっていることは仕事ではなく、考えなくても出来る作業だ」と発言した。
 同年7月頃、新入社員の実習後の送別会の二次会において、KがXに対し、「多くの人がお前をばかにしている」と発言した。同年8月から、KはXに再び出張精算業務を担当させるようになったが、計算ミスや、処理の遅れが生じることがあり、他部門から係長がクレームを受けることが複数回あった。24年11月には、I係長がXに「Oは男だし、Xより年上だから、Oに先に仕事を教える」と言ったことがある。
 平成25年10月ころから、A2ランドリー班では洗濯物の数量が増加し、人員の補強が求められ、同月11日に、N部長はXに対し、本件異動の内示を行った。同年11月1日、XはA2ランドリー班に所属した。業務内容は、社員も契約社員や派遣社員と同じく、クリーニング機械の操作や洗濯物の運搬、事務的な業務等であった。その後、Xは平成28年9月末付けでY社を退職した。
 Xは、A1総務において前例のない食堂実習を行わせたこと、OJTの不実施、出張精算業務の担当変更、IのXに対する発言、Kの新人歓迎会二次会におけるXに対する発言等および本件異動によりXは屈辱を感じ名誉やプライドが毀損され、精神的苦痛を受け、さらにA2ランドリー班の過酷な作業環境において単純肉体労働という適性のない仕事を強いられ、退職を余儀なくされたことにつき、本件配置転換が無効であると主張、さらに不法行為に基づき精神的損害について慰謝料500万円を請求した。
主文
1 本件訴えのうち「原告が、被告に対し、A2事業部ケータリングサービス課ランドリー班において勤務する労働契約上の義務を負わないことを確認する。」との部分を却下する。
2 原告のその余の訴えに係る請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
(1)Xが問題にするI及びKの言動は、Xの受け止め方の問題であると考えられるもの又は意思疎通の不十分から生じた誤解によると考えられるものであり、Xに対するパワハラなど、不法行為と目すべきものがあったと認めることはできない。そうすると、これらを理由として被告に不法行為責任があると認めることもできない。
(2)企業は、効率性を追求しなければならない組織体であるから、従業員各自の適性に応じた人員の配置を行う必要があり、その際、従業員の学歴、経歴、希望やキャリア形成に配慮することが各自の労働意欲・労働能力の維持・向上を図るために望ましいとは言えるとしても、これらは、各自の適性以上に考慮しなければならないものではない。ある部門・職種から他の部門・職種への異動や配置転換が、異例なものであったり、当該従業員の意に沿わないものであったとしても、その適性に応じたものであれば、労働者として通常甘受すべきものというべきであり、それが直ちに不当又は違法と評価されるべきものではない。
 Xは、Xに総務部門の適性がなかったとするY社の主張を争うが、総務部門の従業員に求められる、過誤なく迅速に事務処理を行う能力、上司・同僚・他部署・社外とのコミュニケーションを適切にとる能力がXに不足していたとする評価は、総務において原告の直属の上司らのほぼ一致するところであり、Xに対するこうした評価が正当でなかったと認めることはできない。
 本件異動当時、A3工場の稼働に伴い、A2ランドリー班の業務が増え、同班の人的補強が求められていたこと、Xに同班での業務の適性がないというべき証拠はないこと(Xは、当該業務の精神的・肉体的負荷について主張するが、Xに当該業務への適性がないとする根拠については、特に具体的なものとして示されていない。)などからすると、本件異動に合理的な理由がなかったということはできない。なお、Xは、同班の人員補強を正社員で行う必要性はなかったとも主張するが、補強を正社員で行うか契約社員等で行うかについては、Y社の裁量的判断に属するというべきであり、この主張を採用することはできない。
 Y社がXに対して不法行為責任を負うべき理由があるとは認められないから、Xの損害賠償請求は棄却すべきである
(3)Xは、本件訴えとして、本件異動命令が無効であるとして、A2ランドリー班において勤務する労働契約上の義務を負わないことの確認を求めているが、Xが平成28年9月末日付けで被告を退職したことからすると、その訴えについては確認の利益が失われたというべきであるから、これは、不適法な訴えとして却下すべきである。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例1170号63頁
その他特記事項
本件は控訴された。