判例データベース
H社(配転無効確認等請求)控訴事件
- 事件の分類
- 配置転換職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- H社(配転無効確認等請求)控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 平成28年(ネ)第5651号
- 当事者
- 控訴人…個人、被控訴人…企業
- 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2017年04月06日
- 判決決定区分
- 一部許容、一部棄却
- 事件の概要
- 本件は、大学院で心理学を専攻し、修了後の平成23年4月に、被控訴人(1審被告)Y社に期間の定めのない正社員として採用され、本社での研修・実習を経て、同年7月にY社のA1事業部総務係(以下「A1総務」)に配属された控訴人(1審原告)Xが、その後、上司であるI係長およびKらの言動により精神的に苦痛を与えられた上、平成25年10月に、合理的な理由なく、不当な動機・目的によりA2事業部ケータリングサービス課ランドリー班(以下「A2ランドリー班」)に異動させられた(本件異動)と主張して、Y社に対し、A2ランドリー班において勤務する労働契約上の義務を負わないことの確認を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求(500万円)及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。Y社の労働協約および就業規則には業務上の都合により、配置転換等を命ずることがある旨の規定があった。
Y社は、平成25年10月に、Xに対し本件異動の内示を行った際、Xに対し、異動の理由として、A2ランドリー班で人員の補強が必要とされていることを説明し、また、Xが総務において仕事上のミスが多いこと、相手の気持ちをくみ取っておらず、コミュニケーションが不足していることから、総務として続けていくことは難しい旨を述べた。
平成25年11月1日、本件異動命令を受けて、XはA2ランドリー班に異動した。A2ランドリー班は、従業員の大半が契約社員で、正社員が3名しかおらず、業務内容も正社員と契約社員との間に大差はなく、クリーニングの機械の操作や洗濯物の運搬に正社員が従事する一方、契約社員が事務的な業務をしている部分もあった。Xは、異動後、A2ランドリー班に配属されている契約社員等から、「総務からこっちに来るのは珍しい。」「何か問題を起こしたの」などと言われた。
1審(さいたま地裁 平成28年10月27日判決 労働判例1170号63頁)は、I係長およびKの言動について、確かに、Xが自尊心を傷つけられ、精神的苦痛を受けたと考えられるものがあるが、これらは、I係長およびKのXに対する指導・助言のためにA1総務における事務分配上の必要からしたものとして特に不自然なものがあるとは認められず、Xに対する悪意や害意によるものとはおよそ認められないとして、Xに対するパワハラなど、不法行為と目すべきものがあったとは認められないとして請求を退けた。
Xは、原判決中、損害賠償請求に関する部分について控訴し、A2ランドリー班で勤務する労働契約上の義務を負わないことの確認請求に係る部分は控訴しなかった。 - 主文
- 1 原判決中、損害賠償請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人に対し、金100万円及びこれに対する平成25年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用及び控訴費用はこれを5分し、その4を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1(1)項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)使用者は業務上の必要性に応じて、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるというべきであるが、転勤、とくに転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは認められないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき、業務上の必要性が存しない場合または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利濫用に当たらない。
転勤の業務上の必要性について、余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性を要するとすることは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化等企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性を肯定すべきである。
(2)Xが、大学院卒の新入社員でありながら、配属直後に、X以外誰も経験していない配属先の部署とは異なる部署(食堂)で約1か月半もの間の研修を命じられたこと、その後も2年以上にわたって、配属先の部署の業務に専念し、同業務を修得する十分な機会を与えられないままの状態にありながら、本来達するべきレベルに達していないとの評価をされた上、それまでの業務とは関係がなく、周囲から問題がある人と見られるような部署に異動させられたことが認められる。また、Xは、総務係の仕事を担当することを希望しながら、実際には、I係長又はKの指示により、販売部門の所管する自販機の在庫集計作業やOJTプログラムには記載がない社員寮の契約社員の面接事務を担当した上、自販機の在庫集計作業では、自らの提案が認められなかったのに、他の従業員の同様の提案は採用され、他の従業員を見習うように指導されたことが認められる。そして、I係長の平成23年12月の面談の際の発言(「休みの日は何をしてるの。」、「会社の外に友達はいないの。」、「同期入社の人と飲みに行ったりしないの。」、「同期との飲み会は何より優先すべきだよ。そうしないとXさんの周りから誰もいなくなるよ。」)は、Xの内向的な性格に加え、同期会が関東地区で行われたことに鑑みると、Y社における上司で、先輩社員であることからの助言であるとしても、配慮を欠いたものというべきである。また、I係長の平成24年8月の面談の際の発言(「Xさんのやっていることは仕事ではなく、考えなくても出来る作業だ」)についても、ミスは重ねながらも、ケアレスミスをなくし、少しずつではあるができる役割を増やそうとしているXに対し、配慮を欠いた言動であり、これを聞いたXが悔しい気持ちを抱いたことは十分に理解できる。さらに、平成25年7月の新入社員の実習終了後の送別会の二次会でのKの「多くの人がお前をばかにしている。」との発言に至っては、Xに対する配慮が感じられない発言であり、内向的な性格のXが「多くの人って誰ですか」と問いただしたことからも、Xの屈辱感には深いものがあったというべきである。上記のXに対する上司2名らの言動が、配慮を欠き、Xに屈辱感を与えたものであり、これらの言動と総務部からそれまでの業務と関係がなく周囲から問題のある人とみられるような部署(ランドリー部)に異動させられたことは、一体として考えれば、Xに対し、労働者として通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を課すると評価すべきであり、上司らの言動はY社の業務の執行として行われたものであることから、全体として被控訴人の不法行為に該当する。
Xは、Y社の不法行為により、XがA2ランドリー班へ異動となり、その後、Y社を退社していることなどからすれば、Xが精神的に苦痛を被ったと認められるところ、Xが、異動前に担当していた出張精算業務等でミスが多かったことなどを加味しても、Xが被った苦痛を慰謝するには100万円を下ることはないと認められる。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1170号53頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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さいたま地裁 平成27年(ワ)第142号 | 一部棄却、一部却下 | 2016年10月27日 |