判例データベース
N社(地位確認等請求)控訴事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- N社(地位確認等請求)控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 平成28年(ネ)第2098号、平成28年(ネ)第3139号
- 当事者
- 被控訴人兼附帯控訴人(1審原告)…個人、
控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)…企業 - 業種
- 卸売業、小売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年11月24日
- 判決決定区分
- 控訴認容(原判決取消し)、附帯控訴棄却
- 事件の概要
- 控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)Y社は、鞄の製造、卸を手がける株式会社であり、被控訴人兼附帯控訴人(1審原告)Xは平成23年7月1日に期間の定めのない契約でY社に雇用された中国籍の女性である。Xは、入社当時から営業部門に所属し、元請けとの取引に関し、営業部長のもとで、生地の発注、印刷の手配、出荷状況の確認、伝票の整理等のサポート的な仕事を担当していた。そのため、Xは、元請けに出荷する製品につき、検品や瑕疵製品の修理等の進行状況を確認するため、営業部門のある被告事務所の2階のフロアから、検品部門のある3階のフロアに行くことがあった。
Xは、平成26年5月に妊娠が判明し、Y社の代表者は、同年6月にこれを認識した。
Y社は、平成26年8月12日、Xに対し、同日付け解雇予告通知書をもって、同年9月30日限りで解雇する旨の意思表示をした。同解雇予告通知書には、解雇理由として、Y社の社員就業規則40条3号(「協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがないと認められるとき」)と5号(「会社の社員としての適格性がないと判断されるとき」)に該当する旨記載されていた。
本件は、Xは、Y社がXに対して行った解雇(以下「本件解雇」という。)の意思表示について、(1)妊娠中のXに対してされたものであり、その妊娠を理由とするものであって、均等法9条3項に反し、同条4項により無効である、(2)Y社の主張する解雇理由は事実でなく、就業規則40条3号、5号に該当しないし、仮にXの勤務態度に問題があったとしても解雇権の濫用に当たる、(3)就業規則は周知性を欠き無効であり、また、就業規則の変更に当たり、従業員の代表者の選任に民主的手続が取られておらず、少なくとも変更後の就業規則は無効であって、無効な就業規則やその条項に基づく本件解雇は無効である、などと主張して、雇用契約上の地位を有することの確認並びに同地位を前提とした賃金及び遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は、Y社が解雇理由として指摘する事実は、その事実が認められないか、あるいは、有効な解雇理由にならないものであるから、Xに対する注意、指導に関するY社の主張はその前提を欠き、Xが就業規則40条3号、5号に該当するとは認められず、そうすると、仮に、Y社主張のとおり、本件解雇がXの妊娠を理由としたものでないとしても、本件解雇は、客観的な合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、解雇権を濫用したものとして、無効である(労働契約法16条)と判断し、本件雇用契約の終了は認められず、Xは現在でもY社に対して雇用契約上の権利を有する地位にあり、平成26年10月以降もXはY社に対する月額21万円の賃金請求権を有する(民法536条2項本文)として、Xの請求をすべて認めた。
Y社がこれを不服として本件控訴を提起した。さらに、Xが附帯控訴をし、当審において、本件解雇がXに対する不法行為を構成すると主張して、慰謝料100万円及び弁護士費用10万円並びに解雇予告の日である平成26年8月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を追加したのに対し、Y社は、不法行為の成立を否認して争った。 - 主文
- 1 本件控訴について
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
2 本件附帯控訴について
本件附帯控訴に基づく追加的請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1審、第2審を通じて被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 当裁判所は、本件解雇は有効であり、Xは雇用契約上の地位を有するものではなく、また、本件解雇はXに対する不法行為を構成するものではなく、Xの不法行為に基づく請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである
2 Xが他の職員らに対してしばしば怒鳴ったりきつい言葉遣いや態度をとったり、叱責するなどしており、これに対し主として検品部門の職員らが強い不満やストレスを感じていたこと、このため、Aが退職したほか、パート職員で検品部門の責任者であるBは、精神的に追い詰められ、Y社の代表者の慰留によって退職は思い止まったものの、2回早退をしようとし、2回目は実際に早退したこと、その他の職員らもXの言葉遣い等を問題視し、Y社の代表者に対して繰り返し改善を求めていたこと、Y社の代表者は、口頭によるものとはいえ、これまで再三にわたり、Xに対し言葉遣いや態度等を改めるよう注意し、改めない場合には会社を辞めるしかないと指導、警告してきたにもかかわらず、Xは反省して態度を改めることをしなかったことがそれぞれ認められる。また、休暇を取得する際に事前に休暇届けを提出せず、自分宛の電話以外を取らず、他のほとんどの職員らに対してきちんとした挨拶もしなくなったことが認められる。
Xのこのような態度等は、単に職場の良好な人間関係を損なうという域を超えて、職場環境を著しく悪化させ、Y社の業務にも支障を及ぼすものであるから、就業規則40条3号にいう「協調性がなく、注意及び指導をしても改善の見込みがないと認められるとき」に該当するほか、同条5号にいう「会社の社員としての適格性がないと判断されるとき」に該当するものと認められる。
そして、Y社は正社員12名、パート12名ほどの小規模な会社であり、検品部門にはそのうち半数の職員が在籍しているところ、Xをこのまま雇用し続ければ、その言葉遣いや態度等により、他の職員らとの軋轢がいっそう悪化し、他の職員らが早退したり退職したりする事態となり、とりわけ検品部門は人数的にも業務的にもY社の業務において重要な役割を果たしており、その責任者や他の職員が退職する事態となれば、Y社の業務に重大な打撃を与えることになるとY社代表者が判断したのも首肯できるものであると認められる。しかも、上記のとおりY社は小規模な会社であり、Xを他の部門に配置換えをすることは事実上困難であるから、この方法によって職員同士の人間関係の軋轢を一定程度緩和させて職場環境を維持することもできず、解雇に代わる有効な代替手段がないことも認められる。そして、前記認定のとおり、Y社代表者は、これまで再三にわたり、Xに対し、言葉遣いや態度等を改めるよう注意し、改めない場合には会社を辞めるしかないと指導、警告してきたにもかかわらず、Xは反省して態度を改めることをしなかったものである。
そうすると、Xについては、上記のとおり就業規則に定める解雇事由に該当し、しかも、本件解雇はやむを得ないものと認められるから、本件解雇につき客観的に合理的な理由がないとか、社会通念上も相当として是認できないとかいうことはできない。
したがって、本件解雇は、解雇権の濫用に当たるものではなく、有効であると認められる。
3 Xは、原則として妊娠・出産等の事由の終了から1年以内に解雇その他不利益取扱いがされた場合は妊娠・出産等を「契機として」いると判断され、妊娠・出産等の事由を「契機として」解雇その他不利益取扱いを行った場合は、原則としてこれらを「理由として」いると判断される、などと主張して、関連の通達や文献を引用した上、本件解雇は、妊娠中のXに対してされたものであり、また、Xの妊娠を理由とするものであり、無効である(雇用機会均等法9条4項本文、3項)などと主張する。
しかし、本件解雇は、就業規則に定める解雇事由に該当するためされたものであり、Xが妊娠したことを理由としてされたものではないことは明らかであるから、同条3項に違反するものではない。
そして、本件解雇は、妊娠中のXに対してされたものではあるが、 Xが妊娠したことを理由としてされたものではないことをY社が証明したものといえるから(なお、本件解雇の直前にBの妊娠が発覚したが、Bは以後も雇用が継続されており、Y社が妊娠を理由として職員を解雇しようとしていたことは証拠上窺われない。)、同条4項ただし書きにより、本件解雇が無効となるものではない。
Xは、Y社は本件解雇以前にXに対し懲戒処分をしたことはなく始末書の提出も求めたことはなく、本件解雇を決定する前にXの言い分を聞くことすらしておらず、平成26年4月には能力給が1万円昇給していることからして、Xの勤務態度に問題があったというY社の主張は信用性がなく、Xの妊娠が判明したことを契機に本件解雇が行われたことは明らかであると主張する。確かに、本件解雇に至る過程が十分に記録化・証拠化されていないきらいはあるものの、Y社は、正社員12名、パート12名ほどの小規模な会社であり、これまで従業員の解雇はもとより、懲戒処分をしたことも、始末書を提出させたこともなかったことから、本件解雇に至る過程が十分に記録化・証拠化されていないことには致し方ない面があり、また、本件解雇に先立ち懲戒処分や始末書の提出を経なければならない理由はなく、むしろ、Y社の代表者は再三にわたってXと話合いの機会を持ち、注意や指導を繰り返しているのであって、Y社の主張が信用できないということはなく、このことは、平成26年4月にXが昇給していたとしても左右されない。 - 適用法規・条文
- 均等法9条3項、均等則2条の2、育児介護法10条、
労働基準法39条7項、労働基準法附則136条 - 収録文献(出典)
- 労働判例1158号140頁
- その他特記事項
- 本件は上告されたが、平成29年7月4日に上告棄却・不受理決定となった。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 平成26年(ワ)第33637号 | 請求認容 | 2016年03月22日 |