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HTS社(派遣添乗員・就業規則変更)事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- HTS社(派遣添乗員・就業規則変更)事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成27年(ワ)第33400号
- 当事者
- 原告 個人(X1,X2の2名)
被告 株式会社 - 業種
- サービス業(人材派遣業)
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2018年03月22日
- 判決決定区分
- 請求一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- Y社(被告)に雇用されて添乗員として旅行業者に派遣されてツアーの添乗業務に従事していたX1とX2(原告。以下、まとめて「Xら」ということがある。)が,時間外労働等の割増賃金と未払賃金及び労基法第114条の付加金の請求をした事案である。
Y社は、平成20年に三田労働基準監督署の是正勧告を受けて、派遣添乗員の就業規則を定めた。その中には、「派遣添乗員が添乗業務に従事する場合で,労働時間の算定が困難な場合は第13条第1項に定める所定労働時間を勤務したものとみなす。ただし,通常,当該業務を遂行するために所定労働時間を超えて勤務することが必要になる場合,通常必要とされる時間を勤務したこととみなす。」と規定され、さらに、登録派遣添乗員に交付する賃金通知書(添乗日当及び添乗時給)において,「日当は8時間の所定労働時間及び4時間(4時間×125%)の残業見合い分を含んだ金額」である旨記載していた。
Y社は、かつて、派遣添乗員のツアーの添乗業務にあたり、労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして事業場外労働のみなし労働時間制を適用していたところ、関連する事業場外労働時間のみなし制に関する複数の訴訟を派遣添乗員らから提起された。Y社(派遣添乗員・第2)事件1審判決(東京地裁平22.7.2判決、労働判例1011号5頁)は、X1の派遣添乗業務の就労実態は、事業場外労働のみなし労働時間制の適用があるとしつつ、労基法第38条の2第1項ただし書きの「業務の遂行に通常必要とされる時間」でのみなしが適当とし、控訴審(東京高裁平24.3.7判決、労働判例1048号6頁)では、派遣添乗員らの就労実態は労基法第38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」には該当しないとし、添乗日報等を用いて算定できる実労働時間に基づく割増賃金の支払いをY社に命じ、最高裁(最高裁第2小法廷平26.1.24判決、労働判例1088号5頁)もY社の上告を棄却した。
前掲最高裁判決を受けて、Y社は、就業規則を変更し、「基本給 添乗業務(ツアー開始時の集合からツアー終了の解散時までの添乗業務)は時給制とし,その勤務時間に応じて支給する。その額は,業務内容,派遣添乗員の職務遂行能力,経験,業績等に基づき,その都度個別の契約において定めるものとする。」とした。
Xらは,Y社により作成され,又は変更された就業規則はXらを拘束しないと主張し,雇用契約及び労働基準法(労基法)114条本文に基づいて,Y社に対し,時間外労働,休日労働及び深夜労働(時間外労働等)の割増賃金並びにこれらに対する遅延損害金等を請求する事案である。 - 主文
- 1 被告は,原告X1に対し,19万3951円及び別紙7−1「未払残業代目録(認定)」の「未払残業代」欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X1に対し,19万3951円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X2に対し,21万3298円並びに別紙9−1「未払残業代目録(認定)」の「未払残業代」欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から平成27年5月31日まで年6%及び同年6月1日から支払済みまで年14.6%の各割合による金員を支払え。
4 被告は,原告X2に対し,21万3298円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は,原告X1に生じた費用と被告に生じた費用の100分の57との合計の100分の92を原告X1の,100分の8を被告の各負担とし,原告X2に生じた費用と被告に生じた費用の100分の43との合計の100分の89を原告X2の,100分の11を被告の各負担とする。
7 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)平成20年就業規則の制定について
従前は1日8時間の所定労働時間に対する対価であった日当について,平成20年就業規則の制定により,1日8時間の所定労働時間分及び4時間の時間外労働時間分が含まれることとなったものであり,客観的に1時間当たりの基礎賃金の算定式だけからみると,従前は8で除していたものが,12で除することにより算出することになる点で,基礎賃金が減額となっているから,原告ら登録派遣添乗員の賃金に係る労働条件は不利益に変更されたといえる。
しかしながら、従前の賃金体系と平成20年就業規則による賃金体系を比較すると,Y社においては,日当を11時間分の労働の対価であったことを前提として,これに1時間分の時間外労働の割増賃金(時間外勤務手当見合分)を上積みし,12時間分の労働の対価として支給すること(それまでの日当を11.75で除して1時間当たりの単価を算出し,それを1.25倍したものを1時間の時間外勤務手当見合分として加算すること)としており,従前の日当を11時間分の労働時間とした場合でも,これに加えて1時間分の時間外労働に対する割増賃金を追加で支給するものであり,その結果約10.6%の増額となったことが認められる。そうすると,客観的な算定方式のみからみると不利益な内容であったとしても,従前の日当額との比較においては,1時間の時間外労働時間分が全額増額されたと評価できるかはともかくとして,原告ら派遣労働者にとって,従前よりも支給される賃金が増額された点では,有利な内容の変更であったといえる。
以上からすれば,仮に不利益変更に当たるとしても,実質的な不利益性としては大きくないものと認められる。
平成20年当時,添乗派遣事業を行う企業では,派遣添乗員の1日の労働時間を12時間と考えている企業が多かったことがうかがわれ,平成20年就業規則制定後であるものの,Y社において労働者代表との間で1日11時間労働したものとみなす旨の協定を締結したり,多数組合であるH組合が添乗業務の労働時間が常に11時間とされるのは旅行業界にいる添乗員全ての常識である旨意見を述べたり,Y社の東京支店で当時登録・稼働していた添乗員146名が,労働時間を11時間とみなす事業場外労働時間のみなし制について賛成していることが認められ,これらの事実に鑑みると,多くの派遣添乗員やY社の認識として,実態に沿う形で規定が整備されたとみることができるから,客観的な算定方式が不利益な内容に変更されていることを重視すべきではなく,変更の内容が相当性を欠くものとはいえない。
Y社においては,派遣添乗員のみを対象とした就業規則がなく,労働基準監督署から是正勧告を受け,当該就業規則を制定する必要があった上,就労実態等に沿った定めのある就業規則を制定する必要性があったということができる。
一方, Y社の経営状況に鑑みると,Y社において,日当を大幅に増額することはできず,直ちに日当を所定労働時間8時間分の賃金とした前提で支払うことができなかったものということができる。
Y社は,本件組合との間で,平成20年就業規則が有効となるように,当時のY社の認識として有効と考えていた事業場外労働時間のみなし制を前提として主張しているものの,複数回にわたる団体交渉をし,本件組合等の納得を得るために従前の日当を増額させるなど,前記認定事実のとおりのY社と本件組合等の交渉の状況やその内容に照らせば,労働組合との交渉状況は,変更の合理性を基礎付ける事実であるということができる。
以上によれば,平成20年就業規則の制定は,賃金の客観的な算定方式をみると,従前の基礎賃金額を減額するものであり,原告らに不利益な内容であるといえるものの,当時の置かれた状況に鑑みれば,Y社は,就労実態等に合わせた就業規則を制定する必要性があったものであり,従前の日当額が増額されて支給されており,変更の内容が相当性を欠くものといえず,労働組合との団体交渉を通じた労使の交渉の経過など前記認定に係る諸事情を総合考慮すれば,原告らの労働条件維持の期待に応じた合理的な労働条件を定めたものと考えられる。したがって,平成20年就業規則は,原告らに対して効力を生ずるものというべきである。
平成20年2月分以降,Y社の派遣添乗員就業規則(平成20年就業規則)において,添乗基本給には4時間分の時間外勤務手当見合分を含む旨の規定がある上,Y社が原告ら派遣添乗員に交付する賃金通知書(添乗日当及び添乗時給)には,「日当は8時間の所定労働時間及び4時間(4時間×125%)の残業見合い分を含んだ金額」である旨記載し,就業条件明示書においても,添乗業務の添乗基本給(日額)に「時間外割増手当見合い4時間分を含む」旨の記載がされていたものである。なお,Y社の作成した日当の算定基準には日当に時間外労働の割増賃金を含む旨の記載はないが,Y社において同割増賃金を含んだ賃金総額を算定の上,日当に4時間分の時間外労働の割増賃金を含ませていることは平成20年就業規則の上記規定や就業条件明示書等の上記各記載から明らかである。
そうすると,日当で支払われる賃金のうち,所定労働時間8時間を超える4時間の賃金部分は,労基法37条の定める割増賃金に当たる部分に当たるといえ,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるというべきである。
(2)平成26年就業規則に基づく労働条件の有効性等
Y社は,時給額を決めるに当たっては,473ものツアーから原則として3本を抽出して実態調査を行うなどして従前と比較して賃金が大きく変動しないようにし,現に,人件費の総額を派遣日数で除した金額は平成26年就業規則変更前と概ね変わらない金額となっており,平成20年就業規則の労働条件が有効であることは前判示のとおりであることを踏まえると,上記変更は,当該労働条件と比較して大きな不利益を登録派遣添乗員に与えるものとはいえず,内容が相当性を欠くとはいえない。
Y社は,前訴最高裁判決等を受けて,派遣添乗員について,事業場外労働時間のみなし制を適用し続けることはできず,労働時間を管理する必要があったところ,派遣先であるEから添乗業務に関する派遣料について1時間当たりで算定して支払を受けることとなったことも踏まえ,日当制から時給制に変更したものであるから,Y社において,平成26年就業規則によって時給制に変更する必要性があったということができる。
Y社は,H組合や本件組合との間で複数回にわたって交渉をしており,時給制に変更する必要性や登録派遣添乗員の収入が大きく変動しないように時給額を設定した旨を説明し,登録派遣添乗員各人に対しては説明会を実施して説明をするなどしており,労働組合等との交渉状況は,変更の合理性を基礎付ける事実であるということができる。
以上によれば,平成26年就業規則の変更は,日当制から時給制に変更する必要性があったものであり,原告らが受給する賃金額は従前の日当額と概ね変わらないように設定されており,変更の内容には相当性があり,労働組合との団体交渉を通じた労使の交渉の経過など前記認定に係る諸事情を総合考慮すれば,原告らの労働条件維持の期待に応じた合理性な労働条件を定めたものと考えられる。
したがって,平成26年就業規則は,原告らに対して効力を生ずるものというべきである。 - 適用法規・条文
- 労働基準法第37条、労働基準法第89条、労働基準法第114条、労働契約法10条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1194号25頁
- その他特記事項
- 関連判例 Y社(派遣添乗員・第1)事件 1審(東京地裁平22.5.11判決、労働判例1008号91頁(要旨))、控訴審(東京高裁平23.9.14判決、労働判例1036号14頁)、上告審(最高裁第2小法廷平26.1.24決定、未掲載)。Y社(派遣添乗員・第2)事件 1審( 東京地裁平22.7.2判決、労働判例1011号5頁)、控訴審(東京高裁平24.3.7判決、労働判例1048号6頁)、上告審(最高裁第2小法廷平26.1.24判決、労働判例1088号5頁)。Y社(派遣添乗員・第3)事件 1審(東京地裁平22.9.29判決、労働判例1015号5頁)、控訴審(東京高裁平24.3.7判決、労働判例1048号26頁)、上告審(最高裁第2小法廷平26.1.24決定、未掲載)。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京高裁 − 平成30年(ネ)第2449号、平成30年(ネ)第2758号 | Xらの控訴棄却、Y社の附帯控訴一部認容(原判決変更)、一部棄却 | 2018年11月15日 |