判例データベース
M社(損害賠償等請求)上告事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- M社(損害賠償等請求)上告事件
- 事件番号
- 最高裁三小 − 令和1年(受)第1190号、令和1年(受)第1191号
- 当事者
- 被上告人兼上告人 個人
上告人兼被上告人 企業 - 業種
- 小売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2020年10月13日
- 判決決定区分
- 一部棄却、一部変更、一部不受理
- 事件の概要
- Y(上告人、被上告人、1審被告)の契約社員として有期労働契約を締結し、C内の売店で販売業務に従事してきたX1〜X4(1審原告、以下まとめて「Xら」)が、無期労働契約を締結しているYの正社員がXらと同一内容の業務に従事しているにもかかわらず、本給および資格手当、住宅手当、賞与、退職金、褒賞、早出残業手の労働条件においてXらと差異があることが、労働契約法20条に違反しかつ公序良俗に反すると主張して、不法行為または債務不履行に基づき、差額賃金相当額等を請求した事案である。
1審(東京地裁 判決2017年3月23日)は、Xらの請求のうち、早出残業手当の割増率の差異は労働契約法20条にいう不合理な労働条件に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償請求を認容し、その余の請求を退けたため、Xら、Yの双方が控訴した。
控訴審判決(東京高裁2019年2月20日判決)は、1審判決を変更し,正社員と契約社員との間の労働条件の相違のうち,住宅手当,退職金,褒賞及び早出残業手当に関する相違は,労働契約法第20条に違反するとして,契約社員らの損害賠償等請求を一部認容した。
これを不服としてYが上告し、Xも敗訴部分につき上告した。最高裁において上告から排除したことにより、控訴審判決が、住宅手当、褒賞、早出残業手当の相違については、労働契約法第20条にいう不合理なものであるとしてXの請求を認容した部分については確定した。同じく上告から排除されたことにより、本給および資格手当の相違、賞与の相違については、労働契約法第20条にいう不合理なものとは認められないとして、Xの請求を棄却した控訴審判決が確定した。 - 主文
- 1 第1審被告の上告に基づき,原判決主文第2項を次のとおり変更する。
第1審判決中,第1審原告X1及び第1審原告X2に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 第1審被告は,第1審原告X1に対し,33万0880円及びうち原判決別紙「控訴人X1の差額一覧」記載の各金員に対する各日から,うち3万0080円に対する平成26年5月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 第1審被告は,第1審原告X2に対し,17万6440円及びうち原判決別紙「控訴人X2の差額一覧」記載の各金員に対する各日から,うち1万6040円に対する平成26年5月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 第1審原告X1及び第1審原告X2のその余の請求をいずれも棄却する。
2 第1審原告Xらの上告を棄却する。
3 訴訟の総費用のうち,第1審被告と第1審原告X1との間で生じたものはこれを40分し,その1を第1審被告の負担とし,その余を第1審原告X1の負担とし,第1審被告と第1審原告X2との間で生じたものはこれを200分し,その3を第1審被告の負担とし,その余を第1審原告X2の負担とする。
- 判決要旨
- (1) 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。
(2) Yは,退職する正社員に対し,一時金として退職金を支給する制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていたものである。そして,上記退職金は,本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ,その支給対象となる正社員は,Yの本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され,業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。このようなYにおける退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,Yは,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。
そして,Xらにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員と契約社員BであるXらの労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると,両者の業務の内容はおおむね共通するものの,正社員は,販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,契約社員Bは,売店業務に専従していたものであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また,売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契約社員Bは,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが否定できない。
さらに,Yにおいては,全ての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが,売店業務に従事する正社員と,Yの本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは,職務の内容及び変更の範囲につき相違があったものである。そして,平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は,同12年の関連会社等の再編成によりYに雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め,売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり,上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。このように,売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては,Yの組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。また,Yは,契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情については,Xらと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。
そうすると,Yの正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて,売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば,契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,Xらがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても,両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。
なお,契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員に改められ,その契約が無期労働契約に変更されて退職金制度が設けられたものの,このことがその前に退職した契約社員BであるXらと正社員との間の退職金に関する労働条件の相違が不合理であるとの評価を基礎付けるものとはいい難い。また,契約社員Bと職種限定社員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があることや,契約社員Bから契約社員Aに職種を変更することができる前記の登用制度が存在したこと等からすれば,無期契約労働者である職種限定社員に退職金制度が設けられたからといって,上記の判断を左右するものでもない。
(3) 以上によれば,売店業務に従事する正社員に対して退職金を支給する一方で,契約社員BであるXらに対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。 - 適用法規・条文
- 労働契約法20条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1229号90頁
- その他特記事項
- 本判決には、宇賀克也裁判官の反対意見があるほか,林景一裁判官,林道晴裁判官の各補足意見がある。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 平成26年(ワ)第10806号 | 一部認容、一部棄却 | 2017年03月23日 |
東京高裁 平成29年(ネ)第1842号 | 原告側控訴:一部認容、一部棄却、被告側控訴:棄却 | 2019年02月20日 |