判例データベース
K市不当拒否損害賠償請求事件
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ職業性疾病
- 事件名
- K市不当拒否損害賠償請求事件
- 事件番号
- 福岡地裁 −平成29年(ワ)第2757号
- 当事者
- 原告 個人(X1,X2)
被告 K市(地方公共団体) - 業種
- 地方公共団体(市)
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2019年04月19日
- 判決決定区分
- 請求棄却
- 事件の概要
- 亡Aは、平成24年4月、K市(被告)のB区役所の子ども・家庭相談コーナー相談員(非常勤職員)となり、平成25年1月頃、うつ病を発症し、同年3月31日をもって退職した後、別の職場で勤務しながらうつ病の治療を続けていたが、平成27年5月21日、自殺した。
本件は、亡Aの両親であるX1,X2(いずれも原告。以下、まとめてXら)が、亡AがK市を退職して約2年2か月後に自殺したのは、在職中の上司のパワーハラスメントによってうつ病を発症したのが原因であり公務災害に当たるとして、K市議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例(以下、本件条例)に基づいて公務災害補償の実施機関であるK市の市長に対して本件災害につき公務災害の認定又は確認を申請したにもかかわらず、市長がこれに応答しなかったのは、市長その他のK市の職員において、地方公務員災害補償法の規定に違反して、被災職員又はその遺族から実施機関に対して公務災害か否かを認定又は確認してその結果を通知するよう求める権利を認めていない本件条例を制定、放置したこと、本件条例の解釈及び運用を誤って、本件条例が上記権利を認めていないものと誤解し、本件災害について、公務災害か否かの認定又は確認をせず、その結果の通知もしなかったこと、本件条例の施行規則に違反して、本件災害について、職員に報告をさせず、適切な調査等を行わなかったことによるものであり、その結果、Xらは、本件災害が公務災害か否かについて市長の認定又は確認を受け、その結果の通知を受けることに対する期待権を侵害され、精神的苦痛を被ったと主張して、K市に対し、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料及び遅延損害金の支払を求めた事案である。 - 主文
- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- (1)K市の公務員による違法な公権力の行使の有無について
本件条例においては、被災職員の使用者であるK市自身が実施機関となるところ(同条例3条1項)、K市は、被災職員らの請求を端緒とすることなく自ら公務災害の発生を認識して補償を実施することとされており、公務災害が発生した場合には、職員からの公務災害発生届による報告(本件条例施行規則2条)を受けて公務災害を認定し、補償を受けるべき被災職員らに通知することとされている一方(同条例3条2項)、K市が公務災害認定を行わない場合であっても、被災職員らは、本件条例施行規則7条に基づいて補償の実施を求めることができ、K市は、同規則9条に基づいて同請求を審査して補償に関する決定を行わなければならないものとされている。したがって、本件条例に基づく補償では、地公災法に基づく補償と異なり、被災職員らは、公務上災害の発生をもって直ちに具体的な補償請求権を取得するのであり、公務災害認定を受けなければ被災職員らによる具体的な補償請求権を取得することができないという関係にはない。
また、K市が公務災害認定をすべき事案において公務災害を認めずに被災職員らの補償請求権を否定した場合、被災職員らは本件条例18条に基づく審査を申し立て、その中で公務災害が認定されるべきであるとの不服を述べることが可能であるから、地公災法70条に定める不服申立ての制度としても欠けるところはない。
したがって、本件条例16条が地公災法25条2項の規定を除外していることによって、被災職員らの補償請求権の行使が妨げられているとはいえないし、本件条例で定める補償の制度が地公災法で定める補償の制度と均衡を失するものであるということもできないから、本件条例は、地公災法69条、70条に違反するものではない。
以上によれば、K市の公務員が、本件条例を制定し、その後も存続させたことが国家賠償法上違法な公権力の行使に該当するとは認められない。
(2)本件条例の解釈及び運用を誤り、Xらの申出を門前払いしたことについて
Xらが亡Aの自殺について公務災害と認定するよう求めたのに対し、市長は、回答書1をもって、Xらの申出権はないものとしたが、その後、Xらから本件条例11条、14条及び15条に基づく遺族補償一時金及び葬祭補償の支給を請求された際には、回答書2をもって、亡Aの自殺が公務災害に該当するとは認定できないことを理由に請求を拒んでいる。
このような市長の対応は、公務災害認定自体を求めるXらの申出に対しては、本件条例において同申出権は認められていないことを理由として拒否し(中略)、遺族補償等を求める具体的な請求に対しては、公務災害に該当しないことを確認して回答するものであって、これらは、本件条例3条2項、同施行規則7条、9条に則ったものであると認められる。したがって、K市の公務員が本件条例の解釈及び運用を誤ったということはできない。
ところで、Xらは、本件条例においても被災職員らに公務災害認定の申出権が認められるべきである旨主張する。
しかし、Xらがその根拠として挙げる点を併せ考慮しても、本件条例に係る被災職員らに係る申出権を認めない解釈及び運用を違法と評価することはできない。すなわち、国家公務員災害補償制度において、かつては公務外認定をした場合に被災職員らへの通知義務を課する規定は存しなかったのであり、いわゆる職権主義の下では、公務上外認定をした場合に被災職員らへの通知が義務付けられるとまでいうことはできない。また、地公災法と本件条例との公務災害認定の手続の差異は、公務災害の発生によって直ちに具体手請求権を取得するか否かの違いに起因するものであり、均衡が害されているとはいえないし、本件条例施行規則7条、9条の規定が被災職員らに認めているのは、具体的補償請求権であり、公務災害認定自体を求める申出権ではない。さらに、他の地方公共団体の多くが被災職員らによる公務災害の申出を認める運用をしているのか否かは未だ判然としないし、そのような運用が認められるとしても、直ちに本件条例の解釈や本件条例の下における運用の違法性を基礎付けるものとはいい難い。加えて、地公災法70条、63条を準用する同法71条が、被災職員らに公務災害認定の申出権があることを前提とした規定であるとも解されない。したがって、Xらの主張を採用することはできない
(3)本件条例施行規則2条に定める報告義務を怠ったことについて
X1からの訴えを受け、K市の担当課において、亡Aにパワハラを行ったとされる係長や亡Aの複数の同僚職員らから事情を聴取するなどの調査を実施している。そして、Xらが亡Aについて公務災害に当たるとの認定を求めたのに対し、市長は、亡Aの自殺が公務災害であるとは認められない旨を回答書2において回答しているところ、同回答をするについては、市長が上記調査結果について報告を受け、これを検討した上で回答をしたものと認めるのが相当である。
そうすると、K市の公務員は、亡Aの自殺の原因とされた係長のパワハラ等の事実関係について相応の調査を行い、市長に対してこれを報告しているものというべきであるから、Xらが主張するようなK市の公務員による本件条例施行規則2条に基づく報告義務違反があると認めることはできない(なお、K市の公務員において公務災害が発生した旨を認知していない以上、本件条例施行規則2条所定の公務災害発生届による報告が義務付けられるものではない。)。そして、本件において、他にK市の職員が本件条例施行規則2条に基づく報告を怠ったとの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、Xらの主張を採用することはできない。
Xらが主張する点は、いずれも国家賠償法1条1項の公務員による違法な公権力の行使に該当しない。
加えて、本件条例3条2項の通知は、実施機関の見解を表明することにより、災害補償問題を事実上簡易迅速に解決するための措置にすぎず、実施機関が災害を公務上のものであると認めない場合にその旨通知しなくても、XらはK市に対する公務災害認定請求を経ることなく、本件条例11条、14条及び15条並びに同施行規則7条及び9条等に基づき、遺族補償及び葬祭補償を請求し、K市が公務災害に該当しないとして補償請求を認めない場合には、本件条例18条に基づく審査申立てによって公務災害に該当しないというK市の判断に異議を述べることができるから、本件条例によりXらの公務災害か否かの判断を受けることに対する期待権が侵害されたとも認められない。 - 適用法規・条文
- 国家公務員法第1条1項
- 収録文献(出典)
- D1-Law.com判例体系(判例ID28272180)
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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福岡高裁 − 令和1年(ネ)第373号 | 控訴棄却、追加請求(慰謝料等請求)棄却 | 2019年12月23日 |
上告審 最高裁判所第3小法廷 令和2年(オ)第490号、令和2年(受)第618号 | (上告不受理)決定 | 2020年9月15日 |