判例データベース

N商会事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
N商会事件
事件番号
東京地裁 − 平成29年(ワ)第6367号
当事者
原告  個人
被告 株式会社
業種
製造販売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2019年04月19日
判決決定区分
請求棄却
事件の概要
Y(被告)は,ベアリングの機械部品の販売等を業とする株式会社である。平成28年9月当時の役員は3名,従業員は12名であった。X(原告)は,平成22年8月にYとの間で雇用契約を締結し,Yの営業補助担当の従業員として勤務し、平成28年9月20日をもって退職したい旨記載された同年7月29日付け退職願をYに提出して退職した。訴外Cは,平成24年5月頃にYに入社し,Yにおいて,倉庫業務担当の従業員として勤務していた者である。
 Cは, Xに対して好意を抱くようになり,平成24年10月下旬頃,原告(X)に対し,職場の相談に乗ってもらいたいなどとして食事に誘う内容のメールを送信した。Xは,同メールを受信して,Yにおいて取締役管理部長として人事も担当していたDにアドバイスを求め,Dから,興味があるのなら行ってもいいんじゃないかといった回答を得た後,Cと食事に行った。Cは,食事の後,Xに交際の申込みをしたが,Xは,特段,これに対する回答をしなかった。
 Xは,Cからメールが来るようになり困るなどとDに告げるようになり,Dは,メールがくるのであれば断固拒否する旨メールで明らかにするよう助言した。もっとも,Xは,そのようなメールは送らずにいた。Cは,Xがメールに返信してこないばかりか,冷たい態度を示すようになったことから,折々,メールを送信した。
 平成25年9月頃に至り,Dは,Cに対する嫌悪感を強めていたXから,Cとの接触が生じることを忌避すべく,担当を交代できないかとの相談を受けた。Dは,上記Xの申し出を受け,Y代表者や,取締役営業部長を務めていたEにこれを報告し,Eにおいて,Cに事実関係の確認を行った。Eにおいて,Xが不満を述べていることを踏まえ,Cに対し,今後,内容のいかんを問わず,Xに対してメールを送るなどし,Xが不快に感じることのないよう注意し,Xに対して謝罪するよう指導した。こうした注意を踏まえ,Cもこれを了解し,Xに対する謝罪を申し述べ,Xもひとまずこれを了とした。以降,CがXに対して,メールを送信したり,付きまとい行為をしていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 もっとも,Xは,上記措置後も,不快な行為が続いているから配置転換や業務内容の変更をしてほしいなどとYに申し出,あるいは,Cを懲戒処分としてほしい,退職させてほしいなどと申し出るようになった。さらには,直接,Cに対して退職を求めることもあった。これに対し,Yは,Cに対して,懲戒処分とする措置はとらなかったものの,Xのそのような申し出やXの希望や意向を踏まえ,納品伝票の受渡しを,設置した伝票箱に入れて授受する方法によって行うことを認めたり,伝票授受の業務をCから他の従業員に変更することを認めるなどした。
 Xは,Cが退職しないなどと不満を募らせるとともにYの上記措置では不足であるとして,平成28年4月,Cに対し,退職しないことをなじったほか,同年6月頃には,月に1度の全体会議を欠席するようになり,Yに退職願を作成,提出し,同年9月20日,Yを退職した。Xは,退職後の、平成28年10月16日,溺水の可能性があるとして救急搬送される事態を生じさせ,同月26日,医師から心因反応であるとの診断を得た。
 本件は,Yの従業員であったXが,Yの従業員であるCからセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)に該当する行為を受けたところ,Yがこれに関する事実関係の調査をせず,安全配慮義務ないし職場環境配慮義務を怠ったこと等により精神的苦痛を被ったなどと主張して,債務不履行に基づき,損害金904万1960円及びこれに対する請求の日の翌日である平成28年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
(1)Yには本件セクハラ行為に関する調査義務違反の債務不履行責任を負うか
 Yは,平成25年9月頃に,Xから,Cよりメールを送信されて困っているなどとセクハラ行為に係る相談を持ち掛けられたのを受けて,まもなく,Cに対し,事実関係を問い,Cから事実認識について聴取するとともに,問題となっている送信メールについてもCに任意示させて,その内容を確認するといった対応をとっているものである。
 そうしてみると,Yにおいて,事案に応じた事実確認を施していると評価することができるところであって,Yに債務不履行責任を問われるべき調査義務の違背があったとは認め難い。
(2)YのXに対する職場環境配慮義務ないし安全配慮義務としてCに懲戒処分を行うべき義務があり,その違反があったか
 CがXに対してした所為は,前記認定の範囲にとどまるものであったところ(Xは,Cの上記所為につき,ストーカー行為規制法所定のストーカー行為にも該当するものであった旨主張するが,同認定事実によれば,身体の安全等や行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われたものとまでは認め難く,これに該当するものとは認められない。同法2条3項参照),Yは,こうしたCの所為につき,Cに対し,Xに不快の情を抱かせている旨説示して注意し,メール送信等もしないよう口頭で注意を施したものである。しかも,その際,Yは,Cからはメール送信も既にしなくなっている旨の申し出を受け,その申出内容もメールの内容を見ることで確認し,Xも,ひとまずCの謝罪を了としていたものである。そうすると,Yが,以上のような事実関係に鑑み,Cに対して上記のとおり厳重に注意するにとどめ,懲戒処分を行うことまではしないと判断したとしても,その判断が不合理ということはできず,これに反し,Yにおいて,Cに対する懲戒処分を行うべき具体的な注意義務をXに対して負っていたとまでは認め難い。
(3)Yにおいて,Xに対する職場環境配慮義務ないし安全配慮義務として,配置転換等の措置を取るべき注意義務があり,その違反があったか
 CがXに対してした所為が前記認定の範囲にとどまるものであったことや,そういった行為であってもXに不快な情を抱かせるものとしてCに対して厳重に注意もなされていること,そして,Cも自身の行為を謝し,Xもひとまずこれを了とし,その際,あるいはそれ以降,特段,Cから,メール送信等によりXに不快な情を抱かせるべき具体的言動がなされていたともYに認められていなかったことは前記説示のとおりであるところ, Yには本社建物しか事業所が存せず,配転をすることはそもそも困難であった上,この点措いても,そもそも倉庫業務担当者と営業補助担当者との接触の機会自体,伝票の受け渡し程度で,乏しかったものである(後に伝票箱による受渡しで代替される程度にとどまっていることからもこの点は窺われる。)。しかも,Yは,Xの発意に基づくものであったかは措くとしても,上記わずかな接触の機会についても,その意向も踏まえ,納品伝票を入れる伝票箱に入れることでやり取りをすることを認めたり,さらには担当者自体を交代するといったことも許容していたものである。そうしてみると,Yにおいて,事案の内容や状況に応じ,合理的範囲における措置を都度とっていたと認めることはできるところであって,Xが指摘するような注意義務違反があったとは認め難い。
 この点,Xは,Cも担当していたYの大口取引先の関連業務をXに割り当てないことにより,業務上の接触が完全になくなるようにすることは可能であったなどとも主張する。しかし,Cによる具体的な問題行為がおよそ見受けられないようになっている中,Cに対して口頭注意も経て,Xもひとまずこれを了としていたことは前記説示のとおりであるところ,前判示のとおり,倉庫業務担当者と営業補助担当者との接触の機会自体,そもそも乏しかった中,Yが,全体の業務負担の状況を考慮し,X指摘の上記措置までは直ちにとらなかったとしても不合理とはいえず,これに反し,そのような措置までとるべき具体的な注意義務がYに生じていたとまでは認め難い。
 以上のとおりであるから、YにXが指摘するような義務違反があったと認めることはできない。したがって,YがXに対して債務不履行責任を負うということはできず,これに反するXの主張は採用することができない。
適用法規・条文
民法709条、715条、労契法5条、ストーカー行為規制法2条3項
収録文献(出典)
判例秘書L07430224
その他特記事項