判例データベース

学校法人N学園事件

事件の分類
配置転換
事件名
学校法人N学園事件
事件番号
東京地裁 −平成31年(ワ)第7926号
当事者
原告 個人
被告 学校法人
業種
教育、学習支援業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年02月26日
判決決定区分
請求棄却
事件の概要
 X(原告)は,平成25年4月1日,Y(被告)との間で期間の定めのない本件労働契約を締結した。Yは,中学校及び高等学校を設置する学校法人であり,住所地においてY1学園中学校及びY1学園高等学校(以下,併せて「本件学校」という。)を運営している。
 Xは,平成25年4月1日から平成30年3月31日まで本件学校の教務室において教務事務を担当し,平成26年4月から広報事務も担当し本件学校のホームページの作成,学校説明会の準備等に関与した。広報部は平成30年3月に廃止され,Xは同年4月1日から平成31年3月31日まで本件学校の事務室において財務事務(学納金)を担当した。Xは,平成30年4月1日に教務室から事務室に異動した際には,いずれ広報の担当に戻るであろうという思いもあり,特に異議を述べなかった。
 YのA事務長は,は,平成30年12月17日,Xに対し「2019年度の事務室の事務分担表を内示します。」,「Xさんは施設及び設備の保守,点検,補修業務。校内清掃等の用務員業務をお願いします。で,勤務場所は用務員室です。」と告げ,その理由としては「理由は特にない」,「適材適所です」と説明した。Xは,A事務長に対し,本件配転命令の理由について繰り返し問い質したが,A事務長は,「経験積むのはいいんじゃないですか。学校全体の用務」,「適材適所以外ありません」,「だからなぜって。適材適所でやっているんだから。私の人事権に文句いうんじゃない。」などと説明し,「また別の日程でもいいので説明してほしいです。」と説明を求めるXに対し,「しません。」と繰り返した。
 A事務長は,平成30年6月頃,Xが同年3月まで勤務していた教務室において,Yに関し,こんなバカな学校つぶれてしまえばいいなどと繰り返し言っていたことを知り,複数の教員に確認したところ,Xがそのような発言をしていたとの回答を得た。
 A事務長は,Xに対し,平成30年9月11日,Xが上記発言を行ったことを前提として,「もうほんとにお辞めになっていいんじゃないの?そんなつらい思いをして学校にわざわざ来ることないし。だから時間があるんだからハローワークなりなんなり行って自分の将来を考えたらどうなの。」,「そんな来たくない学校ならばさー自らやめてさー」などと伝え,Xが退職することを勧めた。Xは,上記発言を否定し,自らの行動を監視するのはパワーハラスメントにあたる,Yを誹謗中傷してはいないなどと答え,退職には応じなかった。
 Xは,本件に関し,平成31年2月14日,東京地方裁判所にYを相手方とする労働審判手続を申し立てたが,労働審判委員会が同年3月27日の第二回労働審判手続期日において,Xの申立てに係る請求を棄却する旨の審判を告知し,同月28日,Xが同審判に対し異議を申し立てたことによって,同審判はその効力を失い,当該労働審判手続の申立てに係る請求については,労働審判法第22条第1項本文の規定により,当裁判所に訴えの提起があったものとみなされた。
 本件は,学校法人であるYとの間で労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結したXが,Yに対し,YがXに対してした,Yの営繕部で勤務するよう命ずる配転命令(以下「本件配転命令」という。)は権利の濫用に当たり無効であるとして,Yの営繕部で勤務する労働契約上の義務のないことの確認を求める事案である。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
判決要旨
(1)Yの配転命令権について
 Yは教職員について配置転換又は職務変更などの異動を命ずる権限があり,Xも本件配転命令について,Yに配転命令権があること自体は争っていない。しかし,使用者に配転命令権があったとしても,これを濫用することが許されないことはいうまでもなく,当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情が存する場合には,当該配転命令は権利の濫用として無効となる。
(2)業務上の必要性について
 平成30年12月当時,Yの営繕室には,専任の事務職員がおらず,定年退職後に嘱託職員として採用された現業の職員(H氏)又は事務室に勤務する事務職員(主としてI氏)が状況に応じて営繕室の事務を担当していたものであり,Yは,営繕室の現業職員との連絡,営繕室が担当すべき作業計画,進行管理,消耗品の発注,在庫管理等の業務が円滑にできていないという問題点を把握していたものである。
 本件学校を運営するYにとって,その構内の美化,生徒の安全確保のための営繕の仕事は欠くことのできない業務であるところ,Yが,上記の様に定年退職後の嘱託職員等が事実上兼任して事務を担当するような状況について問題視し,平成31年4月1日から専任の事務職員を配置し,責任をもってその業務を担当させる方針を決めたことは,Yの業務の適正な運営のために必要性が高かったといえる。
 また,Xに当該業務を任せることとしたのは,X自身の経験等に照らしてXに情報収集,発信能力があると考えた一方で,I氏には新たに財務の預かり金,会計,給与等を担当させるためであり,複数の業務を経験させることのよって人材の育成を図ることの有用性は広く一般に知られていると考えられるから,対象者の選択としても合理的なものであったといえる。そして,上記営繕室の業務における問題点には,連絡業務の支障等もあった上,営繕の業務は,営繕室を中心として行われているものであるから,当該業務を担当する事務職員について,営繕室に配置することにも業務上の必要性が認められる。
(3)動機・目的について
 本件配転命令に業務上の必要性があることは,前記のとおりであるところ,営繕室を担当する事務職員としてXを選任したことについても,他の職員の状況,Xの経歴等に照らして,限られた人員の中からXを選任したものであり,不当な動機又は目的を認めることはできない。 また,Yにおいて,X以前にも事務職員が営繕室において勤務していたこともあり,本件配転命令が事務職員に対する配転命令として特異なものともいえない。したがって,本件配転命令について不当な動機,目的でされたことを認めるに足りない。
(4)不利益について
 本件配転命令は,本件学校の構内における勤務場所の変更に過ぎず,給与に変更もなく,営繕室の執務環境も,相応の広さがあり,冷暖房,給湯設備,執務机及びパソコンが備え付けられているなど,他の事務職員の勤務する場所に比して劣悪であるということはできない。また,その業務の内容も,事案決定書の作成等の事務作業であり,精神的又は肉体的な負担が大きいものではない。
 本件労働契約において,Xの職種は事務職員であるところ,事務職員として担当すべき業務は,庶務,経理の他,営繕,用務担当も含まれている。Xは,広報業務に携われないことをその不利益として指摘するところ,Xがその経歴から,情報の収集,発信等の広報業務を得意とすることが伺われるものの,本件労働契約の成立時において,XとYとの間で,Xの担当する業務を限定する旨の合意が成立していたことを認めるに足りず,Xは,本件配転命令前には教務,財務等の広報以外の事務も行っていたのであるから,本件配転命令時においても,本件労働契約上Xの担当する業務を広報業務に限定する旨の合意の成立は認め難い。
 そうすると,既に論じたとおり,Xが行っている業務自体の負荷又は営繕室の環境等が,本件配転命令前の業務又は勤務場所に比べて客観的にXの負担となるようなものではないことも併せて考えると,Xが主張する広報のプロフェッショナルとしての矜持を傷つけられたという主観面を最大限考慮しても,本件配転命令が,Xに対し,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものということはできない
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例1222号28頁
その他特記事項
本件は控訴された