判例データベース

学校法人S医科大学事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
学校法人S医科大学事件
事件番号
福岡高裁 − 平成29年(ネ)第886号
当事者
控訴人 個人(1審原告)
被控訴人 学校法人
業種
教育、学習支援業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2018年11月29日
判決決定区分
控訴一部認容(原判決変更)一部棄却
事件の概要
本件は,Y(1審被告、被控訴人)の臨時職員であるX(1審原告、控訴人)が,使用者であるYに対し,両者間の労働契約(本件労働契約)に係る賃金の定めが有期労働契約であることによる不合理な労働条件であって,無期労働契約を締結している労働者(以下「正規職員」という。)との間で著しい賃金格差を生じており,労働契約法20条及び公序良俗に違反するとして,不法行為に基づき,損害金824万0750円及びこれに対する平成27年9月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。原判決は,Xの請求を棄却したところ,Xが控訴をした。
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,113万4000円及びこれに対する平成27年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを8分し,その1を被控訴人の,その余を控訴人の負担とする。
判決要旨
(1) 当裁判所は,Xの控訴に一部理由があるから,原判決をその限度で変更すべきものと考える。その理由は以下のとおりである。
(2)平成25年4月1日から現在までの本件労働契約における賃金の定めが労働契約法20条に違反するか
 平成25年4月1日に施行された労働契約法20条は,有期契約労働者の労働条件が,期間の定めがあることにより,同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条件と相違する場合において,当該労働条件の相違が労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。そして,労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である(最高裁平成28年(受)第2099号,第2100号・平成30年6月1日第二小法廷判決参照)。
 これを本件についてみると, Xと対照職員との俸給(正規職員)ないし給与月額(臨時職員)(以下,併せて「基本給」という。)に係る労働条件の相違は,臨時職員において,正規職員に適用される就業規則のうち,採用,給与,勤務時間等について「臨時職員の取扱いに関する件」が適用されることにより生じているものである。そうすると,当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものということができる。したがって,臨時職員と正規職員の基本給に係る労働条件は,同条にいう「期間の定めがあることにより」相違している場合に当たる。
 そして,労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものをいうと解するのが相当である(前掲最高裁判決参照)。これを踏まえて,基本給に係る相違が職務の内容等を考慮して不合理と認められるものに当たるか検討する。
 Xは,平成25年4月1日から平成27年7月までの基本給について,Xとほぼ同じ勤続年数の正規職員(対照職員)等の基本給と比較して,その相違が不合理であると主張する。正規職員である対照職員と臨時職員であるXとの間では,業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)に違いがあるということができ,さらに,両者は,その可能性だけでなく,実際上も職務の内容及び配置の各変更の範囲において相違があるということができる。
 しかし,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである(最高裁平成29年(受)第442号・平成30年6月1日第二小法廷判決)。
 実際には,Xは,昭和55年8月に採用され,30年以上も臨時職員として雇用されている。そうすると,1か月ないし1年の短期という条件で,しかも大学病院開院当時の人員不足を補う目的のために4年間に限り臨時職員として採用された有期契約労働者が,30年以上もの長期にわたり雇い止めもなく雇用されるという,その採用当時に予定していなかった雇用状態が生じたという事情は,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たるというべきである。
 Yは,正規職員に対し,俸給,賞与のほか,退職時には退職手当を支給しているが,臨時職員に対しては,給与,賞与(支給月数は正規職員と同じ。)を支給するが,原則として時間外勤務等をさせず,宿日直勤務をさせないこととなっている。また,退職手当も支給しない。臨時職員は,人事考課制度の対象ではなく,その給与月額は,「臨時職員の取扱いに関する件」により雇用期間や職種に関わりなく,毎年一律に定められており,その金額は,毎年人事院勧告に従い引き下げや引き上げが行われていた(なお,平成21年以降は,臨時職員について引き下げは実施されていない。)。基本給は,従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ,X(昭和55年8月採用)の基本給の額は,平成25年4月に18万2100円であったのに対し,Xと同じ頃(昭和56年4月)採用されたH氏は,平成25年3月当時37万6976円であり,その額は約2倍となっている。
 たしかに,臨時職員と正規職員との間においては,職務の内容はもとより,職務内容及び配置の各変更の範囲に違いがあるが、対象職員のうち専門的,技術的業務に携わってきたO氏,E氏を除くと,いずれも当初は,教務職員を含む一般職研究補助員としてXと類似した業務に携わり,業務に対する習熟度を上げるなどし,採用から6年ないし10年で主任として管理業務に携わるないし携わることができる地位に昇格したものということができる。
 なお,Xは,正規職員の採用試験を1度受験したものの,Yにおいて合格の取扱いはしておらず,Xは,受験に伴い学長秘書室での勤務の打診があったが,歯科口腔外科での継続勤務を希望して,その後,受験することはなかった。
 またYにおいては,短大卒で正規職員として新規採用された場合の賃金モデルを平成24年度の俸給表をもとに作成すると,概ね採用から8年ないし9年で主任に昇格し,その時点での俸給は22万2000円(2級21号)となり,主任昇格前は約21万1600円(1級53号)となる。
 これらの事情を総合考慮すると,臨時職員と対照職員との比較対象期間及びその直近の職務の内容並びに職務の内容及び配置の各変更の範囲に違いがあり,Xが大学病院内での同一の科での継続勤務を希望したといった事情を踏まえても,30年以上の長期にわたり雇用を続け,業務に対する習熟度を上げたXに対し,臨時職員であるとして人事院勧告に従った賃金の引き上げのみであって,Xと学歴が同じ短大卒の正規職員が管理業務に携わるないし携わることができる地位である主任に昇格する前の賃金水準すら満たさず,現在では,同じ頃採用された正規職員との基本給の額に約2倍の格差が生じているという労働条件の相違は,同学歴の正規職員の主任昇格前の賃金水準を下回る3万円の限度において不合理であると評価することができるものであり,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
 そして,Yが,30年以上の長きにわたり,月額給与について人事院勧告に従った賃金の引上げしかしてこなかったことに照らすと,Yが,上記労働契約法20条に違反した取扱いをしたことについては,過失があったというべきである。
(3)Xの損害額について
 以上によれば,Xは,平成25年4月1日から平成27年7月30日まで,正規職員であれば支給を受けることができた月額賃金の差額各3万円及び賞与(6月30日支給分1.9か月分5万7000円。12月10日支給分2.05か月分6万1500円)に相当する損害(合計113万4000円)を被ったということができる。
 以上によれば,Xの請求は,Yに対し,不法行為に基づく損害賠償として113万4000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年9月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないから,その限度で認容するのが相当であるところ,これと異なる原判決は相当でないから,これを変更することとして,主文のとおり判決する。
適用法規・条文
労働契約法20条、民法709条
収録文献(出典)
労働判例1198号63頁
その他特記事項
本件は確定した。