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A建物管理控訴事件

事件の分類
解雇雇止め
事件名
A建物管理控訴事件
事件番号
福岡高裁 −平成29年(ネ)第516号
当事者
控訴人 株式会社(1審被告)
被控訴人 個人(1審原告)
業種
不動産業(不動産管理業)、物品賃貸業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2018年01月25日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
X(被控訴人)は,平成22年4月1日,Y(控訴人)との間で,契約期間を同日から同23年3月31日までとする有期労働契約を締結し,Yが指定管理者として管理業務を行う市民会館で勤務することとなった。なお,上記労働契約には,契約期間の満了時の業務量,従事している業務の進捗状況,Xの能力,業務成績及び勤務態度並びにYの経営状況により判断して契約を更新する場合がある旨の定めがあった。その後,本件労働契約は,上記と同様の内容で4回更新され,最後の更新において,契約期間は平成26年4月1日から同27年3月31日までとされた(以下、「本件労働契約」という)。Yは,平成26年6月6日,Xに対し,同月9日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下,これによる解雇を「本件解雇」という。)。
 本件は,Yとの間で有期労働契約を締結して就労していたXが,Yによる本件解雇は無効であると主張して,Yに対し,労働契約上の地位の確認及び解雇の日以降の賃金の支払を求める事案である。
 1審(福岡地裁小倉支部判決2017(平成29)年4月27日)は、本件解雇を無効として、雇用契約上の地位確認等請求を認容したため、Yが控訴した。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
(1)配転命令の効力について
ア 本件労働契約は,期間の定めのある労働契約であるから,YがXをその期間途中で解雇するためには,「やむを得ない事由」があることが必要である(労働契約法17条1項)。本件解雇は,Xが本件配転命令に従わず,異動先に出勤しなかったことを理由とするものであるところ,Xは,本件配転命令は配転命令権を濫用した無効なものであるから,本件解雇に「やむを得ない事由」があるとは認められないと主張している。そこで,以下,本件配転命令の効力について検討する。
イ Yは,Xの言動により市民会館における人間関係が悪化し,同会館の業務の円滑な遂行に支障をきたすことを避けるため,本件配転命令を行う業務上の必要性があった旨主張する。そして,その業務上の必要性を基礎づける事実として,Xが市民会館の受付スタッフになった平成22年4月頃から,同会館に附設しているA文庫の女性職員に嫌がらせをし,平成23年7月頃,同女性職員が退職するなどの事態が生じ,Xの言動により,スタッフ間の人間関係は寸断され,同会館の業務にも支障をもたらしたと主張し,これに沿う内容の陳述書等を提出している。しかしながら,上記陳述書等の記載を裏付けるに足る証拠はなく,かえって,証拠及び弁論の全趣旨によれば,Yの九州支店長であるB及び同会館の当時の館長であったDは,いずれもXが同女性職員に対して嫌がらせやそれに近い言動をしていることを直接目撃したことはなく,また,Bは上記嫌がらせについてYに報告をしていないこと,Bは,Yが上記嫌がらせの件で事実関係を調査し,Xの指導に当たったと主張する平成23年7月頃からXが北九州市役所に本件回覧文書の件などについて相談に赴いた平成26年1月頃までの間,Xと同会館職員との間のトラブルは聞いていないことが認められ,以上によれば,Xが前記嫌がらせをしたことや,その言動により,スタッフ間の人間関係が寸断され,同会館の業務に支障をもたらしたと認めることはできない。
 ウ また,Yは,平成26年4月1日の全体ミーティングで,受付スタッフの年休取得日に舞台スタッフが補助で入ることを求める協議をした際,Xが舞台スタッフが受付スタッフの補助をするのは当たり前であるかのような言動をしたため,舞台スタッフが反発し,Xと他の従業員(特に舞台スタッフ)との軋れきが高まり,Xの言動などを理由として退職を申し出る者が現れる事態となり,同会館の業務に支障が生じることが予想されたと主張し,これに沿う内容の陳述書等を提出する。
 前記で認定した事実によれば,同会館で行われた平成26年4月1日の全体ミーティングでは,まず,舞台スタッフのHから,Yが労働条件通知書に業務内容として「その他市民会館業務全般」という文言を追加したことについて,不満や懸念が述べられ,B支店長,D元館長らが文言を追加したことの説明や意見を述べる中で,Xが,労働期間は平成26年4月1日からであるのに,なぜ労働条件通知書について労働期間が開始した日になって議論をするのかといった発言をし,Xの発言に対し,HとGが反発し,Gが同年3月31日付けで解雇してもらってよいといった発言をしたものである。
 しかしながら,Hから不満が出た発端は,Yが,労働条件通知書に業務内容として「その他市民会館業務全般」という文言を追加したことについて,同会館の従業員に説明をしなかったことや,FがHに対してこれを拒否すれば退職してもらうことを考えるという話までしたことにあること,Xは,「その他市民会館業務全般」という文言を追加されても,従前から互いに協力して他のスタッフの業務を補助していたから,別段問題ないと考えているといった発言もしているのであって,Xの発言を全体として見るならば,舞台スタッフが受付スタッフの補助をするのは当たり前であるかのような言動をしたものとまでいうことはできないことに照らすと,上記ミーティングの席で舞台スタッフが反発したことがあったとしても,Xの発言が主たる原因となって,Xと舞台スタッフらほかの従業員との間に軋れきが生じたとも,同会館の業務の支障が生じることが予想される事態になったということもできず,以上の説示に照らすならば,前記陳述書等の記載は採用することができない。
 エ Yは,B支店長が,平成26年4月11日,Xと面談し,人間関係を円滑にするよう努力してほしいと要請したにもかかわらず,Xは,「お客様に迷惑をかけなければ人間関係がぎくしゃくしても問題はない」などと発言して態度を改めなかったため,職場環境改善のためにはXを異動させるしかなかったと主張し,Bはこれに沿う供述をしているものの,これを裏付けるに足りる的確な証拠はないこと,Bは,Xの上記発言により,XがYの他のスタッフとうまくやっていく余地はないと判断したと証言しているにもかかわらず,Yにおいて,Xが上記発言をしたとの主張をしたのは,本件訴訟が提起されてから1年以上が経過した後に提出された平成27年11月30日付け被告準備書面(5)においてであることに照らすと,Xが上記発言をしたと認めるには足りない。
 オ また,Yは,Xが北九州市に対し告発したことにより,Yの評価,信用に疑いがかかり,指定管理者の取消しという事態にまで発展することも危惧されたと主張するが,前記で認定した事実によれば,Xらが北九州市に相談に赴いたのは,本件回覧文書を契機として,Xらが福岡労働局へ相談に赴き,同局から北九州市に連絡をしたことがきっかけになったものであるところ,その相談内容は,有給休暇の取得やパワハラに関わるものであるから,Xらが福岡労働局へ相談に赴くことは労働者として当然に許される行為であって,不適切な行為であるということはできず,福岡労働局が連絡したことをきっかけにXらが北九州市に相談したことも非難されるべき行為とはいえないこと,本件回覧文書の件は,ミーティングを重ねるなどした結果,本件回覧文書が白紙撤回され,D元館長が謝罪することで一応の解決が図られ,この件で市民会館の業務運営が滞った事実は窺われないことに照らすと,Xらが北九州市に相談に赴いたことを本件配転命令の業務上の必要性を基礎付ける事実とすることは相当ではない。
 カ そして,他にXの言動により市民会館における人間関係が悪化し,同会館の円滑な運営に支障を来したことを基礎付ける事実があることを認めるに足る証拠はない。
 なお,Yは,市民会館の体制の強化も業務上の必要性の根拠として主張するが,同主張は,結局のところ,新館長の補佐として異動してくる者の代わりに,人間関係円滑のため,Xを異動させたということに帰するから,業務上の必要性を基礎付ける事実となり得ないことは既に説示したところから明らかである。
 キ 以上のとおりであるから,本件配転命令について,その業務上の必要性を基礎付ける事実があると認めることはできず,本件配転命令は,業務上の必要性を欠くものであるから,権利の濫用として,無効であると解するのが相当である。
 (2)本件解雇の有効性について
 本件解雇は,Xが本件配転命令に従わないことを理由にされたものであるところ,上記のとおり,本件配転命令は無効であるから,本件解雇に「やむを得ない事由がある」と認めることはできず,本件解雇は無効というべきである。」
(3)当審における当事者の新主張(中間収入の控除)に対する判断
 Yは,XがY以外に就職し,賃金収入(中間収入)を得ていたと考えられるから,かかる中間収入は控除されるべきであると主張するが,Xが中間収入を得ていることを認めるに足る証拠はない。
 また,Yは,Xは,平成27年4月1日以降も本件労働契約を更新して就労する意思を明示したことはないことなどに照らすと,同日以降のXの賃金請求権は否定すべきであるとも主張する。しかしながら,Xは本件訴訟において,Yに対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めているのであるから,Xに就労する意思があることは明らかであり,これに対し,Yは,Xの請求を争い,その就労を拒絶しているのであるから,Xは平成27年4月1日以降もYに対する賃金請求権を有するというべきである。
 したがって,Yの上記主張はいずれも採用することができない。
適用法規・条文
民事訴訟法246条、労働契約法17条1項、労働契約法19条
収録文献(出典)
労働判例1223号11頁
その他特記事項
本件は上告された