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P1社ほか(セクハラ)事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント解雇
事件名
P1社ほか(セクハラ)事件
事件番号
大阪地裁 ー 平成29年(ワ)第10844号
当事者
原告 X1・X2 個人、被告 P1社 株式会社、被告 P2 個人 (P1社の創業者)
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年02月21日
判決決定区分
請求一部認容、一部棄却
事件の概要
本件は、P1社の従業員であったX1とX2(以下、まとめて「Xら」ということがある)が,それぞれ、P1社での業務従事中に上司である被告P2からセクシャルハラスメント(以下「セクハラ」という。)に該当する行為を受けた上、X1は就労不能となった後に退職を余儀なくされ、X2は不当に解雇されたなどと主張して、P1社およびP2(以下、まとめて「被告ら」ということがある。)に対し、不法行為又は債務不履行(職場環境整備義務違反)に基づき損害賠償等を請求した事案である。
 X1は、平成6年生まれの女性であり、平成29年4月1日にP1社に採用され、P1社やグループ会社の秘書業務や営業業務に従事し、P2の依頼で主にP2の自宅マンション(以下、本件マンション)に勤務していた。平成29年8月頃、本件マンションにおいて勤務していたX1に、P2が鍼灸師の施術を受けるように勧め、X2は本件マンションのP2の寝室のベッド上で、鍼灸師の施術を受けたが、寝室にP2はいなかった。
 P2はX1に9月20日からのローマ出張に同行するように打診され、これに応じた。出発日に、X1は、P2にLINEで、出張の際の部屋の予約について「私の分の部屋も予約済みですか?」と送ったところ、P2は親指を立てたスタンプを返信した。
 P2はローマ空港からローマ市のホテルに向かうタクシーでの移動中、X1に対して、「どうや、愛人になるか。」「君が首を縦に振れば、全部が手に入る。全部、君次第。」と発言した。ローマ市内のホテルに到着したところ、フロントにおいて、X1とP2の部屋として1室しか予約されておらず、X1は、P2に自分用にもう1部屋予約するように懇願したがP2に拒絶され、やむなく部屋に移動したところ、X1の要請を無視して、X1はシャワーを浴びる行動に出た。恐怖を感じたX1はP2がシャワーを浴びに行った隙に部屋を出て、先にローマに到着し同ホテルに宿泊していたP1社の社長に上記の経緯をLINEで送り、単身帰国した。
 X1は,原告ら代理人を通じ、平成29年10月5日,P1社及びP2に対し、P2によるセクハラ行為について主張し、本件マンションにおける就業が不可能であること、P1社においてP2によるセクハラを社内で調査し、再発防止のための措置とともに説明すること、P2及び被告会社の代表取締役から謝罪すること、セクハラのない職場であることが確認されて出社できるまでの間の給与を支払うこと等を求める内容の通知書を送付した。P2は、弁護士を通じ、P2の下で働くのが嫌であれば本社に戻してもよいこと、謝罪するようなことではないことを伝えた。X1は、ローマからの帰国後、P1社の業務に従事することなく、同年12月31日にP1社を退職した。
 X2は、平成元年生まれの女性であり、平成28年8月25日にP1社に期間の定めのない雇用契約で採用され、本社での研修を経て間もなくP2の下で業務に従事するようになった。X2は、平成28年9月20日から同月28日までP2のオランダへの出張に同行することとなった。X2は自身の体調とP2の勧めにより出張出発前日に本件マンションを訪れ宿泊することとした。その際、以前からP2が施術を依頼していた鍼灸師の施術を受けるようX2に勧め、勧めに従いX2は本件マンションのリビングで施術を受けた。N鍼灸師は肌の露出を極力避けていたが、施術中に別の部屋に移っていたP2がリビングをうろうろする気配をX2は感じていた。
 オランダ出張からの帰国した9月28日、LINEのやりとりで、P2はX2に「合わない」「退職届を出した方がよい」等と送った。P1社はX2に、同年10月25日に、同年9月28日付けの解雇予告支払通知書を交付し、予告手当として30万円を支払った。
主文
1 被告らは,原告X1に対し、連帯して55万円及びこれに対する被告会社については平成29年11月25日から、被告P2については同月24日から、各支払済みまで年5分の割合による金員(被告らの重なり合う範囲について連帯する。)を支払え。
2 被告会社は、原告X1に対し、79万5406円及びうち19万5406円に対する平成29年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員、うち60万円に対する平成30年2月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。
3 被告会社は,原告X1に対し、90万円を支払え。
4 原告X2が,被告会社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
5 被告会社は,原告X2に対し、別紙「未払賃金額」欄記載の各金員及びこれらに対する同別紙「支払期日」欄記載の日の各翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告会社は,原告X2に対し、令和元年11月から本判決確定の日まで、毎月25日限り26万8924円及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は、原告X1に生じた費用の5分の4、被告会社に生じた費用の16分の5及び被告P2に生じた費用の20分の9を原告X1の負担とし、原告X2に生じた費用の2分の1、被告会社に生じた費用の16分の3及び被告P2に生じた費用の2分の1を原告X2の負担とし、原告X1に生じた費用の40分の7、原告X2に生じた費用の2分の1及び被告会社に生じた費用の2分の1を被告会社の負担とし、原告X1に生じた費用の40分の1及び被告P2に生じた費用の20分の1を被告P2の負担とする。
9 この判決は、1項、5項及び6項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
(1)P2によるX1に対するローマ出張時のセクハラについて
 P2が、X1に対し、宿泊予定のホテルに向かうタクシー内で、愛人となるよう求める発言を複数回行ったことは、それ自体、セクハラ行為に該当するものである。加えて、P2は,到着したホテルにおいて、別室を希望するX1の意向を拒み、一時的であれ同室で過ごすことをやむを得ない状況に置き、更に入室後には早々にシャワーを浴びるという行動に出ているのであり、これらのP2による言動及び対応は、X1に対し、意に沿わない性的関係等を要求される危惧を抱かせるものであったと認められる。P2において、このことの認識を持ち得なかった特段の事情がないことも併せ鑑みれば、以上のP2の一連の言動及び対応は、全体として、X1に対する違法なセクハラ行為となると評価するのが相当である。
 以上によれば、P2は、ローマ出張中における上記の違法なセクハラ行為につき、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(2)P2のセクハラ行為に係るP1社の使用者責任又は債務不履行責任の成否について
 P2は、本件当時、被告会社の代表取締役を退いており、役員等の立場にもなかったが、理事長等と呼称されて、P1社及びそのグループ会社の業務に携わっていたのであり、現に、P2は、X1を指揮監督し、P1社やそのグループ会社に関する秘書業務や営業業務に従事させていたのであるから、P2は,P1社が事業のために使用する被用者に当たると認めるのが相当である。そして、ローマ出張は放射能シェルターの提携先調査等を予定したものであるところ、P2のセクハラ行為は、その業務と密接に関連する同出張における移動中のタクシー及び宿泊予定のホテルでなされており、P1社の業務の執行につきなされたものと認められる。
 したがって、P1社は、P2による上記セクハラ行為につき、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償責任を負う。
(3)P1社の職場環境整備義務違反による債務不履行責任の成否について
 P1社は,平成29年9月21日夜ないし同月22日未明にX1から報告を受けた時点で,P2によるセクハラ被害を訴えていることを認識していたということができる。そして、X1は、帰国後、P1社に全く出社していない状態であったところ、P1社は,同年10月5日、原告ら代理人より、P2のセクハラの社内調査や再発防止のための措置の説明等を求める内容の通知書を受けたものである。
 しかるに、P1社が、直接、X1の被害申告や対応要請に対応したことを認めるに足りる証拠はなく、P2において、相談ないし依頼した弁護士を通じて、同月12日,X1が誤解をしてローマから帰ってしまったこと、P2の下で働くのが嫌なら淀屋橋の本社に戻してもよいこと、謝罪するようなことではないことを原告ら代理人に伝えたにとどまり、その後、X1は同年12月31日をもって被告会社を退職するに至ったものである。
 このようなP1社の対応は、P2によるものを含めたとしても、従業員からセクハラ被害の申告を受けた使用者として甚だ不十分なものであるといわざるを得ない。また、P2の弁護士による対応後、X1の退職までには2か月以上の期間があったにもかかわらず、その間にも、被告会社は何らの対応や措置を講じていない。
 以上によれば、P1社は、X1からのセクハラ被害申告に対し、使用者として採るべき事実関係の調査や出社確保のための方策を怠ったものとして、X1主張の職場環境整備義務に違反したと認めるのが相当である。P1社は、X1によるセクハラ被害申告後の対応につき、職場環境整備義務違反による債務不履行責任を負う。
(4)X1の損害及びその額について
 P2によるセクハラ行為は、P1社での地位や権限、年齢・社会経験等に大きな格差があることを背景に、海外出張先で愛人になるよう求めた上、一時的であれホテルの部屋に同室を余儀なくさせるという態様のものであること、X1は逃げるようにして帰国することを余儀なくされ、その後の出社することなく退職に至っており、少なからぬ精神的苦痛を被ったと考えられること、その他本件に顕れた一切の事情を総合的に勘案すれば、P2のセクハラ行為による原告X1の慰謝料として、50万円を認めるのが相当である。
 そして、上記の認容額、事案の難易、その他本件に顕れた一切の事情に鑑みれば、原告X1の弁護士費用5万円を相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
 P1社の職場環境整備義務違反による損害は、X1の年齢・経歴等も併せ鑑みれば、退職を余儀なくされたこととの間に相当因果関係のある損害は、約定賃金月額30万円の3か月分に相当する90万円の範囲であると認めるのが相当である。
 P1社は、X1からのセクハラ被害申告に対し、使用者として採るべき事実関係の調査や出社確保のための方策を怠ったものであり、そのために、X1は、退職に至るまでの間,P1社において就労することができなかったものと認められる。そうすると、X1がP1社において労務提供ができなかったのは、使用者であるP1社の責めに帰すべき事由によるものであるから、X1は、ローマ出張からの帰国以降、平成29年12月31日までの間における不就労期間についても賃金請求権を失わない。
(5)P2のX2に対するセクハラ行為の有無及び違法性について
  P2がX2を本件マンションに宿泊するよう指示ないし提案したことは、女性従業員であるX2を自宅に宿泊させるものであり、些か不自然な面があるものの、直ちに、X2に対する違法なセクハラ行為であったと評価することは困難である。
 X2は、オランダ出張の前日、本件マンションにおいて、P2から鍼灸師によるマッサージを受けるよう命令され、P2の生活領域にあるリビングで、 P2と肌が露出しているのを見られるほど近接した状態で施術を受けることとなった旨主張している。
 しかしながら、O鍼灸師の証言はもとより、X2の供述等によっても、X2が施術を受けることについて躊躇する様子を見せたり、拒否的な態度を示していながら、P2が施術を受けるよう強く要求したといった事実は認められない。そうすると、先述したX1と同様に、P1社での地位や立場、年齢等の相違等から、X2がP2の勧めを断りにくかった面はあるとしても、P2がX2に対し施術を受けるよう命令したということまではできない。
 鍼灸師は、施術の際には肌の露出を極力避け、露出部分についてはタオルを掛けて覆う等の配慮をしていたのであり、殊更にX1に羞恥心をもたらすような方法・態様で施術がなされたとは認められない。以上によれば、オランダ出張前日の本件マンションでのマッサージに関して、P2による違法なセクハラ行為があったとまでは認められない。
 X2は、P2から、同日の夜、X2に対し、P2と同じベッドで寝るよう命じられたこと,X2が泣き出すと、「だからお前は,ワーカーやねん!俺の言うことが何でわからんのか!」などと大声で怒鳴られたため、精神的に混乱し、渋々、P2と同じベッドで寝るほかなかったこと、ベッドに入ると、P2から身体を触られたこと等を主張し、同旨の陳述及び供述をする。しかし、X2の上記供述等を裏付ける的確な証拠はない。以上によれば、オランダ出張前日に同じベッドで寝ることを強要された等のX2主張の事実を認定することはできない。
 X2は、オランダ出張中、平成28年9月22日、P2から電話で「自分の部屋に来るように」と命じられたこと、翌日の同月23日の夕食後にも、P2から電話で「自分の部屋にこれから来るように」と命じられたこと、その後も、P2から、何度か「部屋に来るように」との連絡を受けたこと等を主張しているが、X2の陳述及び供述には、信用性を認めることができず、その他、X2の主張を認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、オランダ出張中における同室の指示・命令等のX2主張の事実を認定することはできない。また仮に、X2が、P2からのそのような呼出の連絡を受けたことがあったとしても、それが業務上の打合せ等のためのものであった可能性も否定できない。よって、X2の被告P2によるセクハラ行為を理由とする被告らに対する損害賠償請求には、理由がない。
(6)X2の雇用契約の合意解約の成否について
 P1社は、X2とP1社は,平成28年9月28日をもって雇用契約を合意解約し、これにより雇用契約が終了した旨主張する。
 しかしながら、オランダ帰国日の平成28年9月28日のX2とP2との間のLINEのやりとりにおいて、X2が退職に納得していた様子はなく、その後のLINEのやりとり(同月29日、同年10月6日)を含めても、X2が明確に退職の意思表示をしたとは認められず、他に、退職の意思表示があったことを認めるに足りる証拠はない。
 むしろ、同月28日のLINEにおいて、P2は、X2に退職するよう求め、退職しない場合には同日付けで解雇する旨を明言しているところ、X2が解雇予告手当に言及しているのは、退職を受け容れる意思はなく、同日付けで被告会社により解雇されることを前提とした対応であると解するのが合理的である。そして,その後、P1社は、X2に対し、同日付けの解雇を前提とした同年10月25日付け解雇予告手当支払通知書を交付し、これに沿った解雇予告手当の支払をしているのであり、このことも併せ鑑みれば、P1社は、X2に対し、同年9月28日付けでの解雇の意思表示をしたものと認められる。
(7)X2に対する解雇の有効性について
 P1社は、X2は、P2に対して、反抗的な態度を繰り返し、P2の指導によっても改善が見られないために解雇したものであり、これは,就業規則上の解雇事由である「従業員が、身体または精神の障害により、業務に耐えられないと認められる場合」(40条2号)又は「その他、前各号に準ずるやむを得ない事由がある場合」(同条7号)に該当し、客観的に合理的な理由もあるから、解雇は有効である旨主張する。
 しかし、証拠に表れたX2とP2との間のやりとりを踏まえると、X2がP2に対して反抗的な態度をとったことがあるとしても、「身体または精神の障害により、業務に耐えられないと認められる場合」又はこれに「準ずるやむ得ない事由がある場合」に当たると解することはできず、P1社が解雇事由として主張する各点は、いずれも就業規則上の解雇事由に該当せず、また、解雇に客観的に合理的な理由があるとも到底認められない。
 よって、P1社によるX2に対する解雇の意思表示は、解雇権を濫用したものとして、無効である。
適用法規・条文
民法709条、民法715条、労契法16条
収録文献(出典)
労働判例1233号66頁
その他特記事項