判例データベース
国・K労基署長(Sエンジニアリング社)事件
- 事件の分類
- 職業性疾病うつ病・自殺
- 事件名
- 国・K労基署長(Sエンジニアリング社)事件
- 事件番号
- 京都地裁 − 平成29年(行ウ)第4号
- 当事者
- 原告 個人
被告 国・K労働基準監督署長 - 業種
- 機械 その他サービス
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2019年04月16日
- 判決決定区分
- 請求棄却
- 事件の概要
- Xは,昭和34年○月○日生の女性であり,平成19年7月21日,Sエンジニアリング社(以下、「本件会社」という。)に有期労働の契約社員として雇用され、1年ごとに有期労働契約を更新し、本件会社のA課においてマニュアルを作成する業務に従事していた。
本件会社では、平成23年1月に契約社員を正社員に登用する制度を定め、Xは正社員登用試験を受験したが、結果は不合格だった。本件会社は、平成24年の労働契約法改正により無期転換制度が制定されたことを踏まえて、平成25年3月21日付で、契約社員の雇用期間は5年間を限度とする就業規則の変更を行った。Xは,平成25年4月19日,B社長に対し,雇用期間の限度について尋ねた。B社長は,「正社員登用で受けてもろうたら,通れば別に問題にはならんよ。だから,5年の間に通ってくださいというのが基本です。正社員にならなければ5年がマックスですよと。」「5年たっても正社員になる能力がなければ,はっきり言ったらね,ああもう,これはしゃあない,退場してくださいということで,そういうことやな,きつく言えば。」などと説明した。その後、Xは、正社員登用試験受験を目指して、英検2級及びエックス線作業主任者の資格を取得した。
A課のC課長は,Xの行動計画書の評価欄に,平成24年度上期については「今後も様々な技術文書制作に向けての体制づくりを進めてまいりますのでご協力願います。」と,平成24年度下期については「来期も高い達成度を目指し行動してください。」と,平成25年度上期については「下期も高い他達成度を目指してください。」と記載する一方、平成23年から平成26年の給与改定考において,Xを全体の下位15%にあたるC2と評価した。
C課長は,平成26年1月20日,Xに対し,平成26年度の正社員登用試験受験の申請に必要な部署長の推薦をしないことを伝え,その理由として,作業効率が良くないこと,正社員に登用するのであれば特出した技術のある人がよいがXにはそれがないことなどを説明し、C課長は,A課運営の構想(3か年計画)にXは入っていないと伝えた。
Xは、平成26年1月22日にB社長と面談した後に、同月24日にメンタルクリニックを受信して、うつ病と診断され、同日から同年3月19日まで本件会社を休職し、3月19日に復職した。Xは,平成26年7月24日,処分行政庁に対し,本件会社の業務に起因してうつ病を発病し,同年1月24日から同年3月19日までの期間にわたり療養のため労働できなかったとして,労災保険法に基づく休業補償給付の請求をした。処分行政庁は,平成27年3月27日,Xの申立てに係る出来事は心理的負荷の強度が強であると判断できず,また出来事の前後に恒常的な長時間労働は認められないことなどから,Xの疾患が業務に起因するものとは認められないとして,これを支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。Xは,労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をしたところ,同審査官は,平成28年1月7日,同審査請求を棄却する旨の決定をしたため、Xは、労働保険審査会に対し,再審査請求をしたところ,同審査会は,同年10月26日,同再審査請求を棄却する旨の裁決をした。
本件は,Xが,本件会社における業務に起因してうつ病を発症したとしてK労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)に対し労働者災害補償保険法による休業補償給付の支給を求めたところ,処分行政庁がこれを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたため,被告に対し,本件処分の取消しを求める事案である。なお、本件会社は,平成28年12月2日,原告を解雇している。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件休職の原因となった疾病につき業務起因性が認められるか
Xは,平成26年1月下旬頃に本件休職の原因となったうつ病を発病したと認められる。したがって,認定基準に照らし,発病前おおむね6か月間である平成25年7月下旬頃から平成26年1月下旬頃の間における業務による出来事の有無並びに当該出来事及びその後の状況による心理的負荷の程度について検討する
(1)解雇又は退職強要の有無について
Xの雇用契約は有期労働契約であって,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となっていたということはできず,また,5年の限度を超えて契約が更新されることにつきXが合理的な期待を有していたともいえない。
なお,仮に,Xの雇用契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となっていたと認められるとしても,C課長は,平成26年2月26日のXとの面談において,Xに契約社員としてA課で働いてもらうつもりはある旨述べていること,平成26年度の正社員登用試験の推薦が得られなくても,平成27年度以降の推薦を受けられなくなるわけではないことなどに照らすと,平成26年の正社員登用試験にXを推薦しなかったことをもって,雇止めを含む解雇又は退職強要にあたるということはできない。
よって,平成26年度の正社員登用試験の推薦を受けられなかったことが「解雇又は退職強要」にあたるとはいえず,他に「解雇又は退職強要」に該当する出来事があったとは認められない。
(2)非正規社員としての契約満了が迫ったか否かについて
Xの契約条件は,1年ごとに契約を更新することとされており,平成26年3月でXと本件会社との雇用契約はいったん終了することとなるが,平成26年1月の時点では,契約満了まで2か月以上あったことに加えて,上記のとおり,C課長は,Xとの面談の際,今後も契約社員としてA課で働いてもらうつもりはある旨述べていたことに照らせば,平成27年度も,Xが希望すれば契約が更新される可能性が高かったと認められるから,非正規社員としての契約満了が迫っていたとはいえない。
(3)仕事上の差別,不利益取扱いの有無について
C課長がXにつき正社員登用試験の受験に必要な推薦をしなかったことは,合理的な理由に基づくものであって,裁量の範囲を逸脱,濫用した不合理な判断とはいえないから,Xが推薦を得られず正社員登用試験を受験できなかったことをもって,仕事上の差別,不利益取扱いにあたる出来事があったということはできない。
(4)上司とのトラブルについて
Xは,C課長が積極的にXに話しかけたりXの体調を気遣ったりしないとして不満や不信感を抱いていたこと,平成25年5月ないし6月頃から7月にかけて,Xが席の暑さを訴えたのに速やかに改善されず,また,パソコンの不具合についての対応が不十分であると感じたことにより,C課長に対する不満や不信感が一層強まったこと,正社員への登用を目指していたにもかかわらず,C課長の推薦を受けられなかったことにより,精神的なショックを受けたことが認められる。しかしながら他方,C課長が殊更にXを無視したり差別的な取扱をしたりしたことはなく,暑さやパソコンの不具合についても,C課長は,可能な範囲で必要な対応を取っていたことは,上記に認定したとおりである。これらに照らせば,上記の出来事は,業務をめぐる方針等において,上司との考え方の相違が生じたものとして,認定基準の別表1「上司とのトラブルがあった」に該当し,その心理的負荷の程度は「弱」と評価するのが相当である。
(5)時間外労働数の評価について
Xの発病前6か月の時間外労働数は,最大でも1か月あたり26時間45分であるから,1カ月あたり80時間を超える時間外労働に従事したとは認められない。
(6)総合評価
以上によれば,Xに生じた出来事は,別表1「上司とのトラブルがあった」に該当するが,このトラブルは,業務をめぐる方針等において,上司との考え方の相違が生じたものと評価できるから,これによる心理的負荷は「弱」である。そして,Xが長時間労働に従事したとは認められず,その他に心理的負荷を与える具体的出来事は立証されていないから,Xの業務による心理的負荷の強度は「弱」にとどまる。
(7)小括
以上のとおり,認定基準に基づいてXの業務による心理的負荷の強度を判定すると,「弱」にとどまり,本件精神障害の発病が,本件会社における業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものとして,当該業務との間に相当因果関係(業務起因性)があると認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 災保険法12条の8第1項2号、同条2項、労働基準法施行規則35条、労働基準法施行規則別表第一の二
- 収録文献(出典)
- 労働判例1231号109頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪高裁 − 令和元年(行コ)第83号 | 休業補償給付不支給処分取消請求控訴認容(原判決取消) | 2020年07月03日 |