判例データベース

国・K労基署長(Sエンジニアリング社)控訴事件

事件の分類
職業性疾病うつ病・自殺
事件名
国・K労基署長(Sエンジニアリング社)控訴事件
事件番号
大阪高裁 − 令和元年(行コ)第83号
当事者
控訴人  個人
被告 国・K労働基準監督署長
業種
機械 その他サービス
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年07月03日
判決決定区分
休業補償給付不支給処分取消請求控訴認容(原判決取消)
事件の概要
本件は,Sエンジニアリング株式会社(以下、「本件会社」という。)と1年毎の有期労働契約を締結し契約社員として本件会社に勤務していたXが,本件会社における業務に起因して精神障害を発症したとして,K労働基準監督署長(以下、「処分行政庁」という。)に対し労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付の支給を求めたところ,処分行政庁がこれを支給しない旨の処分(本件処分)をしたため,Yに対し,本件処分は違法であるとして,その取消しを求める事案である。
 Xは,昭和34年生まれで,夫との間に3人の子をもうけたが,平成11年頃(40歳頃)夫と別居し,同16年頃(45歳頃)離婚し,以後一人で3人の子を育てた。Xは,夫との別居後,継続的に仕事が可能となるような技術を身に付けるために地方自治体のパソコン教室に通い,マニュアル作成会社のパートの仕事を3年ほど勤め,国の実施する職業訓練を受けた後,人材派遣会社に登録し、M社、N社(本件会社の親会社)に派遣され、いずれも仕様書や取扱説明書などのマニュアル作成業務に従事していた。Xは、平成19年7月21日,本件会社に契約社員として採用され,A課に配属された。
 Xは,できれば契約社員から正社員になりたいという思いがある一方,契約社員としての有期期間が更新され仕事が続けられることにも関心が高かったため,本件会社の取締役に対し,それらの事項について尋ねたことがあり、その際の取締役の対応から,Xは,本件会社においては契約社員の有期労働契約は繰り返し更新されて継続して雇用されるものと期待した。もっとも更新が実際に行われるのか懸念されたため,Xは,本件会社で1年に1度実施されていた社長面談の際には,毎回,契約の更新について尋ねていた。
 Xは,平成23年1月頃,部署長であるC課長から受験に必要な推薦を得て、本件会社で制度化された第1回の正社員登用試験を受験したが,結果は不合格であった。Xは,平成24年,社長から正社員登用試験の受験を勧められたが,子らの進学及び就職活動並びに家庭の経済的理由(Xは,正社員になると給料の総額が減ると聞かされていた。)から,当該年度については受験を見送った。Xは,平成25年の正社員登用試験も,Xが有していた資格が認定資格から外されたために受験しなかった。
 平成24年の労働契約法改正により、無期転換制度が法制化された際に、本件会社は、契約社員の契約期間は5年を限度とする旨の契約社員就業規則の変更を行った。Xは、契約社員Jと共に,平成25年4月19日,B社長と面談し、5年を限度とする契約書にサインをしなければならないのか尋ねたところ,B社長は,「少なくとも5年を限度とする契約書は要ると思うわ」「正社員登用で受けてもろうたら,通れば別に問題にはならんよ。だから,5年の間に通ってくださいというのが基本です。正社員にならなければ5年がマックスですよと。」などと答えた。そして,B社長は,年齢等を心配するXに対し,「年齢は関係ないから」「無資格者ゼロ運動を今年はすることにしている。是非資格を取って下さい。正社員になってください。そういう意味では,正社員の登用試験のレベルを下げるのと,年齢はあまり考慮しない格好で・・予定はしてるんやけど。」と発言したところ,Xは「ありがとうございます。じゃあ,がんばります。」などと応じて相談を終えた(社長面談1)。そして,XとKは,いずれも正社員登用試験の受験を決意し,更新上限を5年とすする有期労働契約書に署名押印した。
 Xは,平成26年1月,C課長に対し,正社員登用試験の受験申請書を提出した。A課からXを含めて4名の申請があったが,C課長はこのうちJを含めて3名を推薦し,Xのみを推薦しないこととした。C課長は、社長面談1について把握していなかった。
 C課長は,平成26年1月20日,Xを呼び出して,2人のみで面談し,Xに対し,正社員登用試験の受験の申請に必要な部署長の推薦はしない旨とその理由を伝えた。また,C課長は,Xに対し,A課運営の構想(3か年計画)として,Xは構想に入っていない,構想では長く働ける人を希望している旨答えた。
 Xは,平成26年1月22日,B社長と面談したところ(以下、「社長面談2」という。)、B社長は,「(英検は)よう頑張ったね。」「やればできるんやね。」とXを労いつつ,「C課長に推薦書を書けと言えば彼は書くと思う」「推薦の中身の点数による」「課長推薦の内容が悪ければ(正社員登用試験には)受からない」「Cから消極的な意見がでたら合格は難しい」「落ちる可能性の方が高いな」等と伝えた。Xは,社長面談1の際の回答を聞いて正社員登用試験の受験準備をしてきたのに,自分は騙されたのかと思い大いに落胆した。
 Xは,平成26年1月23日午前9時過ぎ,職場でC課長に声をかけられたところ,恐怖感を抱き,泣き出し,トイレに駆け込み、早退した。Xは、翌24日にメンタルクリニックを受診し、適応障害、うつ状態と診断され、同日以降、休職と復職とを繰り返し、その間自死におよんだこともあった。
 原審(京都地裁2019年4月16日判決)は,厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号。認定基準。本判決別紙参照)に基づいてXの業務による心理的負荷の強度を判定すると,「弱」にとどまり,本件疾病の発病が,本件会社における業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものとして当該業務との間に業務起因性があると認めることはできないと判断し,Xの請求を棄却したので,これを不服とするXが本件控訴を提起した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 K労働基準監督署長が控訴人に対して,平成27年3月27日付けでした,労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
判決要旨
(1)本件疾病の認定要件該当性
ア:認定要件について
 Xは,平成26年1月24日に「適応障害」「うつ状態」と診断されており(中略),Xは,同月23日頃には,ICD−10の「F32うつ病エピソード」を発病していると認めるのが相当である。したがって,本件疾病は認定要件に該当する。
イ:認定要件について
 Xにとって業務による心理的負荷の原因となる出来事は,本件疾病を発病する直前に労務管理の一環として行われた平成26年1月20日のC課長(以下、C面談)及び同月22日の社長面談2であると認められる。すなわち,C課長との内容は,第1に,C課長がXに対し,正社員登用試験の受験の申請に必要な部署長の推薦をしないというものであり,これにより,Xが平成26年における受験によって,契約社員から正社員に登用されることはないことがほぼ確実になったといえるのであり,第2に,XがC課長の考えているA課の3か年計画の構想に入っていないというもので,今後の組織運営に必要としない人材であり,Xが契約社員としても将来の雇用の継続が困難になることが予想されるものであったといえる。さらに,社長面談2は,B社長がXに対し,「C課長から消極的な意見がでたら合格は難しい」「落ちる可能性の方が高いな」などとC課長との面談の内容を裏打ちするものである。
 以上からすると,C面談及び社長面談2(以下,併せて「本件各出来事」という。)は,Xの正社員登用試験の当年の受験を困難にするだけでなく,契約社員としての雇用継続も困難になることを予想させる出来事であり,契約社員の地位に関係し,かつ,正社員への登用という形であっても,また,有期雇用契約の更新による契約社員としての継続という形であっても,雇用の継続が困難になると受け止められる出来事というべきであるから,別表1の「非正規社員である自分の契約満了が迫った」という具体的出来事の類推事例として評価することができる。
 次に,本件各出来事による心理的負荷の強度について,別表1の「心理的負荷の総合評価の視点」とされる「契約締結時,期間満了前の説明の有無,その内容,その後の状況,職場の人間関係等」を検討する。
 C面談は、C課長がXに対し,「正社員登用試験受験の推薦をしない」と告げたもので,Xにとっては全く予想外の不意打ちであること,C課長の発言内容はそれだけでなく,その場で告げる必要がなく,かつ,全くの予想外の内容である,今後の組織運営に必要としない人材であるという業務評価まで告げたこと,C課長は,上司として,Xの自尊心を傷つけるような発言を含め長時間にわたって面談をし,興奮状態のXを宥めたり,次年度以降の受験につながる話し方をせず,部下の心情に著しく配慮を欠く方法で行ったという点において,労務管理上極めて不合理かつ不適切な対応であったというべきである。そして,その2日後の社長面談2もC面談を追認するものでやはり不適切な対応であったというべきである。
 Xは、本件各出来事の直後に本件疾病を発病していることも併せ考慮すると,Xが本件各出来事によってかなりの心理的負荷を受けたと認められる。そして,この心理的負荷は,Xに特殊なものとは解されず,Xと職種,年齢,経験などが類似する同種の労働者にとっても,同様にあり得る受け止め方ということができる。そうすると,本件各出来事は,総合して,認定要件における「業務による強い心理的負荷」の原因であると評価することができる。
 したがって,本件疾病の発病前6か月の間に業務による強い心理的負荷があったと認められるから,本件疾病は,認定要件に該当する。
 Xが受けた心理的負荷は,本件各出来事における,C課長による不必要かつ不適切な発言やこれを追認する旨のB社長の言動に起因するものであって,Xと職種,年齢,経験などが類似する同種の労働者でも強い心理的負荷を受ける程度のものである一方,Xは,家庭的な苦労は経験しつつも,技術を取得して仕事を続け,3人の子を一人で育て上げており,その生活歴の中でも適応障害やうつ病を発症した経験がないのであるから,Xの性格傾向が主たる原因となって本件疾病が発症したとは到底認められない。
 したがって,本件疾病は,業務以外の心理的負荷及び個体側要因により発症したとは認められないから,認定要件に該当する。
 以上によれば,認定基準によると,本件疾病は,本件各出来事という認定基準の「具体的出来事」である「非正規社員である自分の契約満了が迫った」ことに類推される出来事により発症したものであり,これを参考にして,これまでに認定説示した一切の事情を総合的に考慮すると,本件疾病については,本件会社の業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価することができるから,本件会社の業務との間に相当因果関係が認められ,本件疾病に業務起因性があると認められる。
 そうすると,本件疾病に業務起因性を認めず,労災保険法に基づく休業補償給付の支給をしない旨の処分(本件処分)は,同法7条1項1号及び労基法75条に違反し,違法な処分であるから,その取消しを求めるXの請求には理由がある。
適用法規・条文
労基法75条、労災保険法12条の8第1項2号、同条2項、労働基準法施行規則35条、労働基準法施行規則別表第一の二
収録文献(出典)
労働判例1231号92頁
その他特記事項
本件は確定した