判例データベース
T社事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- T社事件
- 事件番号
- 横浜地裁 − 平成30年(ワ)第715号
- 当事者
- 原告 個人X1、X2、被告 株式会社T社
- 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2021年03月23日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- 本件は、T社に平成19年4月に入社したX1と平成20年10月に入社したX2(以下、まとめてXら)とが、T社に対し、自らが一般職とされ、総合職である男性従業員との間に賃金格差が生じていることについて、一般職と総合職の区別は性別のみであるから、この取扱いを定めたT社給与規定及びこれに基づく賃金制度が労働基準法4条に違反し、また、T社が採用段階において、Xらが女性であることのみを理由に一般職に振り分け、総合職への転換を事実上不可能にしていることが、雇用機会均等法に違反すると主張して、(1)Xらが総合職の地位にあることの確認、(2)Xらが総合職であれば支払われたはずの賃金と実際に支払われた賃金との差額について、主位的に労働契約に基づく未払賃金請求として、予備的に不法行為に基づく損害賠償請求として、X1につき合計489万1016円、X2につき合計442万8176円及びこれらに対する遅延損害金の各支払を求めるとともに、(3)Xらは違法な男女差別により経済的、身分的な不利益を受け、精神的苦痛を被ったと主張し、不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料各100万円及び遅延損害金の各支払を求める事案である。
T社においては、設立から平成11年4月に総合職及び一般職によるコース別人事制度(以下「本件コース別人事制度」という。)を導入し、令和2年5月時点までの間において、T社が採用した一般職は全部で9名であり、Xらを含む全員が女性であり、総合職は全部で56名であり、全員が男性である。
本件コース別人事制度において、総合職は基幹的業務を行う職種とされ、一般職は補助的業務を行う職種とされている。なお、T社の就業規則には職種転換制度として「一般職として採用された従業員が希望し、かつ会社が適当と認めたときは、当該従業員の職種を一般職から総合職に転換することができる。」との規定がある。
X1は、T社に対し、遅くとも平成29年10月までには、総合職への転換を希望する意向を表明し、X2は、遅くとも平成27年4月までには、総合職への転換を希望する意向を表明していたが、いずれも叶わず、平成26年には当時の社長から、X1に「女性に総合職はない」旨の回答がなされていた。 - 主文
- 1 被告は、原告X1に対し、100万円及びこれに対する平成30年3月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、100万円及びこれに対する平成30年3月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告X1に生じた費用の5分の3及び被告に生じた費用の5分の2を原告X1の負担とし、原告X2に生じた費用の5分の3及び被告に生じた費用の 5分の2を原告X2の負担とし、原告X1に生じたその余の費用、原告X2に生じたその余の費用及びT社に生じたその余の費用を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)本件コース別人事制度の設置ないしその運用が、違法な男女差別といえるか
遅くとも、Xらが総合職への転換を希望する意向を表明した時期以降、T社は、Xらに対し、総合職への転換の機会を提供せず、これによって総合職を男性、一般職を女性とする現状を固定化するものであるところ、この点について、合理的な理由が認められないのであるから、職種の変更について性別を理由とした差別的取扱いを禁止する雇用機会均等法6条3号に違反し、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図ることを目的とした同法1条の趣旨に鑑み、T社が、Xらに対し、本件コース別人事制度の運用において、総合職への転換の機会を提供しなかったことは、違法な男女差別に当たるというべきである。
しかし、本件コース別人事制度を設けたことや採用段階での運用については、違法性は認められず、したがって、Xらを一般職として遇すること自体は違法とはならないから、昇格・評価の運用基準の適用に際して、Xらを一般職として扱ったことも、雇用機会均等法6条1号に反するとは認められない(なお、前記で認定説示のとおり、Xらに総合職への転換の機会を提供しなかったことは違法と認められるものの、だからといって、直ちにXらが総合職へ転換することが認められるわけでもないので、この点を考慮しても上記結論は左右されない。)。また、Xらは、男性が無条件に総合職として扱われる結果、総合職と一般職を区別する賃金制度が運用において労働基準法4条に違反する旨を主張するが、上記にのべたとおり、T社が職種変更の機会を提供した場合に、Xらが総合職へ転換することができたか否かが明らかでない以上、Xらに一般職としての賃金表を適用したことが労働基準法4条に違反するということもできない。
以上によれば、T社は、X1との関係においては遅くとも平成29年10月ころ以降、X2との関係においては遅くとも平成27年4月ころ以降に、給与規定上予定されている職種転換制度を整えることなく、総合職への転換の機会を提供せず、結果として、Xらの職種変更の機会を奪ったことが、雇用機会均等法6条3号及び同法1条の趣旨に違反したものと認められ、これについて少なくとも過失が認められる
(2)Xらに総合職としての地位及び賃金請求が認められるか
総合職としての採用ないし職種転換を認めるか否かは、T社の採用の自由ないし人事権に基づく裁量的判断に属する事項であり、T社に対し、当然にXらに総合職としての地位を付与すべき義務を認めることはできない。本件においては、労働基準法4条に違反するとは認められないことに加え、仮に同条違反に当たると解する余地があるとしても、同条は、男女の違いを理由とした差別的取扱いを禁止するにすぎず、さらに同法13条は、同法の基準に達しない労働条件について「この法律で定める基準」によることを定めるところ、本件において、総合職としての採用ないし職種転換に関する具体的基準は何ら存在しておらず、Xらを総合職として扱うか否かは、なおT社の人事権に基づく裁量的判断に委ねられているというべきである。また、雇用機会均等法違反の効力としても、Xらに、総合職としての地位を求める根拠にはなり得ないから、その余の点を検討するまでもなく、かかる請求には理由がない。
(3)差額賃金請求について
本件においては、Xらが一般職として採用されたこと自体を男女差別ということはできないことに加えて、本来的にT社の人事権に属する採用、職種、等級及び号数等に関し、T社の意思表示ないし発令行為がないことからすれば、Xらが入社当初から総合職であったとの前提自体が認められないから、Xらの上記請求は前提を誤るものとして、その余を検討するまでもなく理由がない。
(4)不法行為に基づく損害賠償請求について
T社は、本件コース別人事制度の運用において、Xらに対し、総合職への転換の機会を提供せず、結果として、その職種変更の機会を奪ったことが、雇用機会均等法6条3号及び同法1条の趣旨に違反し、そのことについて少なくとも過失があり、不法行為に該当すると認められるから、Xらは、これと相当因果関係ある損害の賠償を求めることができる。
しかしながら、T社においては、総合職への職種転換に必要となる具体的基準が何ら定められておらず、また、仮に給与規定上予定される職種転換制度が整えられたとしても、その場合に、Xらが現実に総合職になり得たか否か、いつの時点で総合職への転換が認められたかなどについては、不確定の要素が多く、結局のところ、男性総合職の賃金との差額という算定方法を前提とした損害の発生を認めることはできない。
もっとも、差額賃金相当損害金の発生を認めることができないとしても、Xらは、長年にわたってT社に勤務し、相応の功労をしたものと認められる。そして、T社は、本件コース別人事制度の運用において、男性を総合職、女性を一般職として扱い続け、Xらが男女に賃金格差が生じている旨の指摘や、かかる賃金格差を解消するため、総合職へ転換したい旨の意向を繰り返し示しているにもかかわらず、T社が真摯な対応をしなかったことにより、比較的長期間にわたって違法な差別を受けており、その精神的苦痛は相応に大きいものと認められる。また、T社の当時の社長は、総合職への転換を希望するX1に対し、女性に総合職はない旨を発言した事実が認められる。T社においては、いわゆる電話番やお茶汲みを女性が行うものとされ、かかる扱いにXらが異を唱えた際にも、真摯に改善が検討された様子はないなど、男女について差別的な取扱いをする風潮が見受けられるから、これらの事情も、Xらの精神的苦痛を増大させる事情として考慮すべきである。
本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、T社が本件コース別人事制度の運用上において違法な男女差別をしたことにより、Xらが被った精神的苦痛に対する慰謝料は、少なくとも、Xらの請求額である各100万円を下らないものと認められる。 - 適用法規・条文
- 労働基準法第4条、男女雇用機会均等法第6条1号、3号、民法第709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1243号5頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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