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T社事件

事件の分類
退職・定年制(男女間格差)セクシュアル・ハラスメント
事件名
T社事件
事件番号
大阪地裁 − 平成31年(ワ)第96号
当事者
反訴原告 個人
反訴被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年07月09日
判決決定区分
一部認容、一部棄却
事件の概要
本件は,医療機器等の製造,販売等を目的とする反訴被告T社の従業員であった反訴原告Xが,T社から休職期間満了を理由に退職扱いとされたが,その前提となる休職命令自体が無効であり,Xは退職とならないなどと主張して,T社に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,労働契約に基づき,出勤停止及び休職命令以降の未払賃金とこれに対する遅延損害金の支払,また,T社がT社の従業員によるXに対する性的言動(H主任及びI主任が,勤務時間中,結婚等に関する話を頻繁にしたこと,露出度の高いコスプレをした女性達の画像等を社内のパソコンに表示させるなどしたこと,I主任がXに対し,「今日は,Xに癒されにきた。」などの発言をしたこと,I主任によるXの肩に手をかける身体接触,I主任がバーベキュー大会の際,Xと他の男性社員とのツーショット写真を撮影し,その写真を見て,Xが当該男性社員のことを見つめているなどと話をした)を把握した後も配置転換等の適切な措置を取らなかったためにXが適応障害に罹患し,休業を余儀なくされたとして,不法行為又は債務不履行に基づき,休業損害等計412万3384円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
 Xは、平成25年4月1日にT社に採用され、製品設計部電気開発課に配属されたが,その後,平成26年4月頃,T社の開発管理部開発管理課(以下「開発管理部」という。)に配属された後,平成27年12月頃,T社の新技術研究部新技術研究課(以下「新技術研究部」という。)に配属となった。
 Xは、平成28年8月26日にDクリニックを受診し、適応障害により3カ月の休業を要するとの診断を受け、T社は、Xに対し、同月30日以降の休職を命じた。Xは、29年5月30日に復職した。
 T社は、Xに対し、同年8月10日と9月10日とに、就業規則に基づきT社が指定する医療機関を受診するように命じた(以下、「本件各受診命令」)。Xは、同年8月17日にT社のF産業医と面談したが、「今、病気の症状は感じられなかった。現時点で、僕がXさんに対して就業制限とかアクションを起こすことはない。」と述べられた。T社は同年8月17日、Xに対し、出勤停止を命じ、同年9月26日に私傷病休職を命じ、休職期間は2回更新された後、T社は、Xに対し、平成30年5月29日付で、同年6月25日をもって、Xが退職となる旨を通知した。
主文
1 反訴原告が反訴被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 反訴被告は,反訴原告に対し,582万3803円及びうち562万2075円に対する令和元年7月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 反訴被告は,反訴原告に対し,令和元年7月から令和2年3月まで毎月26日限り月額26万3640円及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 反訴被告は,反訴原告に対し,令和2年4月から本判決確定の日まで毎月26日限り月額26万3640円及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
5 反訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は,本訴反訴とも,これを10分し,その4を反訴原告の負担とし,その余を反訴被告の負担とする。
7 この判決は,2項ないし4項に限り,仮に執行することができる。
判決要旨
(1)本件各休職命令の有効性について
 現にXの欠勤が続いている状況ではなかった上,産業医及び主治医ともXが欠勤する必要があるとは考えていなかったのであるから,Xが私傷病により長期に欠勤が見込まれる,又はそれに準ずる事情があると認めることはできない。
 以上によれば,本件各休職命令は,その要件を満たしておらず,無効であり,その結果,Xは,本件就業規則29条3号の退職要件を満たしていない。
(2)Xの賃金額について
 本件労働契約において支払われる賃金として,基本賃金のほか職務手当及び地域手当が定められていたこと,これまでXの就労中,資格給,職務手当及び地域手当が継続して支給されていたことが窺われること,本件出勤停止及び本件各休職命令の直前である平成29年7月及び同年8月支給分のXの各賃金額は,資格給21万3000円,地域手当1万5000円及び職務手当3万5640円の計26万3640円であることからすれば,これらの賃金額が,退職扱いがなければ,労働契約上確実に支給されたであろう賃金であると認めるのが相当である。
 上記認定・判断に照らせば,本件出勤停止中を含め,平成28年7月17日以降,Xは,債権者の責めに帰すべき事由による履行不能であったと認められる。
(3)Xの法益侵害の有無及びT社の故意又は過失の有無ないし労働契約上の職場環境配慮義務違反の有無についてXは,(1)H主任及びI主任が,勤務時間中,「早く結婚したい。」など結婚や不倫に関する話を頻繁にしたこと,(2)露出度の高いコスプレをした女性達の画像やロシアのWebサイトで流出したとされる女性の着替え画像を社内のパソコンに表示させるなどしたこと,(3)I主任がXに対し,「今日は,Xに癒されにきた。」などの発言を繰り返したこと,(4)I主任がXの肩に手をかけるなどの接触をすることもあったこと,(5)I主任が平成28年5月13日に開催されたバーベキュー大会の際,Xと他の男性社員とのツーショット写真を撮影し,その後,その写真を見て,Xが当該男性社員のことを見つめているのではないかなどと話をしたことがあった旨主張し,これに沿う供述をする。
 しかしながら,Xの上記供述部分を裏付けるに足りる客観的な証拠がない上,X自身,1回目の休職後,治療を進める中で,セクシュアルハラスメントの被害が気のせいだったのではないかと思うようになった旨述べていることにも照らせば,I主任やH主任も認める限度((1)新技術研究部で結婚に関する話をした,(3)I主任がH主任に対し,「癒される」旨述べた,(4)Xに声をかける際,肩を軽く叩いた,(5)Xと他の男性社員を含むバーベキュー大会の写真を撮影し,それらの写真を見ながら話をすることがあった又は親会社の総務課判断(社内でコスプレサイトのネット閲覧があった)を超えて,Xの上記供述部分を採用することができない。また,仮にXが主張するようなI主任の言動があったとしても,社内でのコスプレサイトの閲覧等は不適切な行為ではあるが,Xとの関係で,Xの配置転換やI主任による業務上必要な新技術研究部への出入りを制限するなど,労働契約上又は不法行為法上,T社が何らかの措置を執るべき法的な義務まで導き出されるものとはいえない。
 T社による措置であったかはともかく,Xが平成28年5月頃にJ部長に相談して以降,I主任は,Xに対する技術指導を行っていない。その後,I主任がXに対し,何らかの具体的な性的言動を行った事情も見当たらない。また,システム開発部長に断られたために実現しなかったとはいえ,J部長は,Xのシステム開発部への配置転換を同部の部長に打診するなどしている。
 なお,上記で検討したI主任の言動に加え,新技術研究部において,技術指導を行う人員が限られていたなどの事情に照らせば,T社において,平成28年5月以降同年8月までの間にI主任に代わるXに対する技術指導者を設けるべき法的義務までは認められない。
 以上によれば,その他にXが主張する各事情を考慮しても、T社の故意又は過失によるXの法益侵害があったとか,労働契約上の職場環境配慮義務違反があったと認めることができない。
よって,Xによる不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求には理由がない。
適用法規・条文
民法709条、民法415条
収録文献(出典)
労働判例1245号50頁
その他特記事項
本件は控訴された