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医療法人社団K会介護員妊娠等嫌がらせ事件(パワハラ)

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント妊娠・出産・育児休業・介護休業等
事件名
医療法人社団K会介護員妊娠等嫌がらせ事件(パワハラ)
事件番号
札幌地裁 - 平成25年(ワ)第1377号
当事者
原告 個人1名
被告 医療法人社団K会(被告法人)個人2名 A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2015年04月17日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告法人は、病院、老人保健施設を経営する法人、被告Aは被告法人の理事で実質的な最高責任者、被告Bは看護次長として原告の上司の地位にあり、原告(昭和47年生)は、平成21年8月1日に被告法人と6ヶ月の有期雇用契約を締結して介護員(準職員)となり、平成22年2月1日、平成23年2月1日に、それぞれ1年間の有期雇用契約を更新した女性である。原告は、平成23年1月1日に介護員リーダー、同年2月1日に有期雇用契約の更新後、介護指導員となり、同年4月正職員となった。
平成23年2月2日、原告の歓迎会が開かれ、被告A、同B、女性マネージャーFら数名が参加し、同月16日、原告は被告A、同B及びFと共に食事をした。その席上、原告は被告Aから彼氏はいるのかと問われ、被告Bからは被告Aの誘いはできる限り出席するよう言われた。同年4月10日(日曜日)、原告は被告Bからの誘いを受けて同人及び被告Aとデパートに行き、被告Aからバーバリーのコート等を買ってもらった。また、同年5月13日以降、原告は、被告A及び同Bと度々食事に行ったほか、ジンギスカンやフライパンのプレゼントを受けたりした。この頃、被告Aは原告に対し、かつて自宅の隣に「トルコ風呂」があり、自宅の庭にコンドームが落ちていたという話や、ストッキングの色の話をしたりした。同年9月に入っても、原告は連日被告A及び同Bと食事に行き、被告Aからバーバリーのスカート、ブーツ、Tシャツ、包丁研ぎを買ってもらうなどした。この頃から原告は、被告Aからの電話を負担に感じるようになり、同年10月、被告Aからの電話に出ないでいたところ、その後被告Aから携帯電話を見せるように言われ、この頃から食事等の誘いはなくなった。
平成24年8月8日、原告は同月1日付で病院の看護部事務への異動の辞令を受け、被告Bから業務の変更を命じられた。原告は、病棟のサンクション瓶、コップ等の洗浄、汚物室の衣類の下し方のチェック、車いすの空気入れを行い、老人保健施設の一般入浴介助、見守りを命じられた。そして、同年10月1日、原告は、老人保健施設の看護部事務に異動となったが、この頃妊娠に気づき、同年12月10日、被告Aに妊娠を報告したところ、被告Bから、想像妊娠ではないかと言われ、胎児の父親にも両親にも報告していないことから、中絶も認められると示唆された。同月13日、原告は被告Aから特浴の入浴介助を1人で行うよう命じられたが、同月18日切迫流産をし、3週間自宅療養をした。
原告は、被告Aについては、原告に性的関心を持ち、正職員に昇進させた上、多数回にわたる食事会を開催し、高額の贈り物をするなどして原告を意のままにしようとしたほか、そのようにならないと知るや、一転して原告に対し様々ないじめを行い、介護員としての職務とは全く逸脱した仕事を強要した挙句、妊娠した原告に対し、中絶を示唆したり、老人保健施設の特浴の入浴介助を命じたりしたこと、被告A及び同Bについては、原告が良好な環境の下で就業できるよう配慮すべき義務を負っていたところ、被告Aは30回近く執拗に食事に誘うなど、セクハラ、パワハラを行い、被告Bは被告Aとの食事会に常に同行し、被告Aの指示の下、原告に対し、セクハラ、パワハラを行ったほか、精神的・肉体的に過酷な労働に従事させ、原告が切迫流産の報告をしたところ、重労働である特浴の入浴介助を命じて休職に追い込んだこと、被告法人は、被告A及び同Bのセクハラ、パワハラを漫然と放置したことを主張した。そして、原告は、本件パワハラにより母子の生命が危険にさらされたこと、本件セクハラは、身体の接触を伴うものではなく、その期間も長期ではないものの、短期間に集中的に行われ、その後パワハラに転化した事情を考慮し、被告らに対し、慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、各自77万円及びこれに対する被告法人については平成25年7月31日、被告Aについては同年8月7日、被告Bについては同月23日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを100分し、その93を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告A及び同Bの行為の違法性について 認定した事実から、次のとおり認められる。すなわち、①原告は、職場の実質的な最高責任者である被告A及び上司である同Bと、休日を含めて頻繁に食事をし、比較的高価な服等まで贈られていたが、こうした付合いは主体的なものではなく、被告A及び同Bの誘いを断りにくかったことからしていたものであった。②その後①のような付合いがなくなったのと同じ時期に、原告は被告A及び同Bの業務に関する注意等を嫌がらせと感じるようになったが、原告がそのように感じるようになったのは無理からぬものであった。③更に、その後原告は、病院の看護部事務に異動となり、サンクション瓶の洗浄等の業務を命じられたが、こうした労働は、それまで1人に集中して命じられることはなく、嫌がらせと受け止められてもやむを得ないものであった。そして、④原告が妊娠を報告した際、祝福の言葉もなく、かえって、被告A及び同Bが、想像妊娠だとか、中絶を示唆するような言動をしたことは、著しく不適切であり、その後被告Aが肉体労働である特浴の入浴介助を原告1人で行うことを命じたのも配慮に欠けるものであった。
こうしたことを総合すると、被告A及び同Bの原告に対する言動のうち、サムション瓶の洗浄等を命じた平成24年8月の盆の頃以降のものは、原告の人格的利益を侵害する違法な嫌がらせであったというべきであり、被告法人には、職場環境配慮義務違反があったというべきである。被告らは、食事会やプレゼントは、被告Aの職員への気遣いである旨主張する。確かに被告Aの意図や、原告の負担感、困惑の意思の表明が明らかであったとは言い難いこと等に照らせば、平成23年8月の盆の頃までの被告A及び同Bの行為がそれだけで違法とまでいえるかは悩ましい。しかし、上司からのそうした行為がなくなることと裏腹に、業務に関する上司からの注意等を嫌がらせと感じることは、部下である原告からすれば無理からぬものである、したがって、平成23年8月の盆の頃までの被告A及び同Bの行為は、それだけで違法とまでは言い難いが、その後の行為の違法性を基礎付ける事実として評価されるというべきである。

2 慰謝料の額について 被告A及び同Bの原告に対する言動によって、原告は、その時々だけでなく、一定期間にわたり、業務への意欲や自信を失い、人格的利益を侵害され、精神的損害を被ったことは明らかであって、これを回復するためには、被告A及び同Bの行為が違法と判断された上で、相応の慰謝料が認められなければならない。そして、上記慰謝料の額は、特に問題とされている被告A及び同Bの言動の違法性の程度、期間、これによる原告の苦痛の大きさ等のほか、本件に表れた一切の事情に照らせば、70万円が相当と認められ、弁護士費用は7万円が相当と認められる。
適用法規・条文
民法415条、709条、715条、労働契約法5条
収録文献(出典)
労働法律旬報1846号64頁
その他特記事項